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ShinanoRiver Ohkouzu Museum

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ShinanoRiver Ohkouzu Museum

自在堰陥没に伴う可動堰(現:旧可動堰)などを建設する補修工事の総責任者として、部下とともに困難を極めた工事をわずか4年で完成させたのが青山士(あおやまあきら)です。1931(昭和6)年の補修工事竣工後は内務技監や土木学会会長などの要職を歴任。1963(昭和38)年3月21日に84歳で亡くなりました。
  •  昭和35(1960)年に大河津分水を訪れた青山士(写真中央)。土木構造物の維持管理の大切さを強く意識していました。

  •  旧可動堰の脇にある信濃川補修工事竣功記念碑。補修工事の概要とともに青山士の言葉が刻まれています。

1907(明治40)年に始まった大河津分水工事(第2期工事)は、1922(大正11)年に通水し、大正13(1924)年3月23日に竣工式が行われました。
  •  当時は新聞各社が大々的に竣工式を取り上げました。発行日が大正13年3月23日になっており、当日の記念号として発行されました。

  •  大河津分水工事の竣工を記念し建立された信濃川治水紀功碑。当時と変わらず、同じ場所(資料館玄関前)にあります。