阿賀野川のむかし話

お鶴ケ沼(おつるがぬま)旧東蒲原郡津川町(現阿賀町)

お鶴ケ沼

 阿賀野川と常浪川の出合うところに、きりん山がそびえています。きりん山の上に津川城があり、城の石がきがけわしく、狐も通れないというので狐戻し城ともいわれています。
 むかし、津川城のとのさまが病気になり、医者がいろいろ手当てをしましたが、なかなかよくなりません。そこで、山のふもとの温泉の湯をくんで湯治をすることになり、温泉の湯を運ぶ役を、美しい小姓の蔦丸に命じました。
 蔦丸は毎日、山のふもとから、山の上のお城まで、せっせとお湯を運びました。とのさまは湯治のおかげで、病気がだんだんよくなりました。
 ある日のことです。蔦丸はお湯をくみに来るお鶴という娘にあいました。お鶴も母の病気をなおすために毎日、お湯をくんでいたのでした。
 二人は仲よくなり恋仲になりました。そのため蔦丸の帰りもおくれがちとなり人々のうわさになりました。これを知った重臣たちは怒って蔦丸を頂上ちかくの石ろうにとじこめてしまいました。
 お鶴はお湯くみ場で蔦丸を待っていても、会えません。別のお湯くみ番のさむらいから、蔦丸が石ろうにとじこめられていることを知らされ悲しみました。
 お鶴は蔦丸を助けようと岩場をよじのぼり、石ろうに近づきましたが、あとひと息というところで岩くずれがおきて、岩石とともに落ちて死んでしまいました。
 石ろうで、お鶴のひめいを聞いた蔦丸は、「お鶴が死んだ。もう生きる望みもない。」 といって石ろうから身をおどらせ、お鶴のあとを追って死にました。
 二人のかなしい恋に同情した常浪川の水神は怒って、その夜、大水をおこしました。常浪川の流れはひとばんのうちにかわり、わずかに川底が沼となって残りました。
 きりん山登り口の右側にある沼は「お鶴ケ沼」といい、二人の悲しい物語を伝えています。