つないだ記憶がモシモを救う

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ABOUT THIS PROJECT

防災・減災 
新潟プロジェクトについて

2024年は新潟地震から60年、新潟焼山火山災害から50年、新潟・福島豪雨(7.13水害)及び中越大震災から20年という、多くの災害の発生から節目の年となります。その後も中越沖地震や平成23年、令和4年の豪雨など度重なる自然災害に見舞われてきました。
近年は、気候変動の影響もあり自然災害が頻発し、被害の程度も激甚化しています。
どのような災害が起こったのか、どういった被害があったのか、そして私たちの生活にどのような影響があったのか、その時どういう行動が命を救ったのか。このプロジェクトは、このような災害からの貴重な教訓をしっかりと次世代に継承していくことを目的としています。そして、その繋いだ教訓や記憶を自分事化し、日々の災害への備えや命を守る行動に繋がるよう取り組みます。

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記憶にのこる大災害

1964新潟地震

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1964(昭和39)年6月16日13時2分頃、マグニチュード7.5の地震が発生し、新潟市、長岡市、相川町(現佐渡市)などでは震度5を観測した。この地震により、新潟県内では死者13名、負傷者315名、住家全壊1,448棟、半壊一部損壊約25,000棟の被害となり、また新潟市沿岸で高さ約2.4mの津波が到来し、浸水被害も広範囲に及んだ。液状化現象によるコンクリート建物の傾斜や転倒、浸水地を漂う原油による石油タンクや周辺建物の炎上、信濃川に架かる昭和大橋の落橋など、新潟市内の都市機能が麻痺し甚大な被害をもたらした激震であった。

提供:新潟県

1974新潟焼山火山災害

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1974(昭和49)年7月28日2時50分頃、新潟焼山山頂付近の割れ目の火口群で最初の水蒸気爆発が起こり、その後3度の爆発を繰り返した。噴石が半径800mの範囲に落下し、付近にいた大学生3名が死亡した。噴出した推定約65万tの火山灰は、山麓の市街地等に真っ白に積もり、160km以上離れた福島県まで到達した。新潟焼山は、今から1,000年ほど前に最大規模の噴火・爆発が起こり、今でも火山活動中である。

提供:新潟県

2004新潟・福島豪雨(7.13水害)

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2004(平成16)年7月12日から18日、新潟県中越地方と福島県会津地方を豪雨災害が襲った。12日夜半から降り始め13日午前中まで続いた局地的集中豪雨は、短時間で河川水位を急激に上昇させた。この豪雨で信濃川水系の刈谷田川、五十嵐川など、合計6河川11か所で堤防が破れ、新潟県内では、がけ崩れ278か所、地すべり61か所、土石流8か所が発生した。この豪雨水害により、新潟県内では死者15名、負傷者82名、住家全壊71棟、半壊一部損壊約5,700棟以上の被害となった。

提供:新潟県

2004中越大震災

あれから20

2004(平成16)年10月23日17時56分頃、新潟県中越地方をマグニチュード6.8の激震が襲い、震源地の川口町(現長岡市)では観測史上初めて震度7を記録した。この地震により、新潟県内では死者68名、負傷者4,795名、住家全壊3,175棟、半壊一部損壊等約11万棟以上の被害となった。中越地方では、大規模な地すべり・斜面崩壊が約3,700か所で発生した。多くの道路が亀裂や陥没、土砂崩れ、崖崩れなどによって寸断され、上越新幹線は長岡市内で走行中の車両が脱線し運行できなくなった。

提供:新潟県

うちの地区は大丈夫。危なそうになったら、考えよう。
災害はいつ起こるかわからない。教訓から学んで、しっかり備えよう。
うちの地区は大丈夫。危なそうになったら、考えよう。
災害はいつ起こるかわからない。教訓から学んで、しっかり備えよう。

教訓を学んで、
命を守るジブンゴト。

今、災害にあったらどうなるか?
家にいる時、学校や会社にいる時、
車やバス、電車に乗っている時、
それぞれの生活の中で「モシモ」を想定して
「ジブンゴト」で考え、行動しましょう。

つないだ記憶が「モシモ」を救う