国道18号
妙高大橋の軌跡

ビジュアルアーカイブ

2.旧橋の誕生

〜最新技術で挑んだ 
  難工事の記録〜

 1970年(昭和45年)11月、交通の安全性向上と渋滞の緩和を目的に、妙高高原町二俣(現・妙高市二俣)から妙高村坂口新田(現・妙高市坂口新田)にかけて、延長1,460メートルの妙高バイパス工事が開始されました。その中央部に、旧国道18号と大田切川を跨ぐ、橋長300メートル、幅員9メートルの4径間連続PCポストテンション箱桁橋である旧橋が建設されました。

 豪雪寒冷地のため、冬期を避けた限られた工事期間のなかで、工事の機械化が可能な限り進められました。これにより着工からわずか2年後の1972年(昭和47年)11月20日、旧橋は完成・開通し、交通と物流の要として地域経済の発展に大きく貢献しました。

 この短期間での完成・開通は、当時の高い技術力と関係者の尽力によるものです。

開通式渡り初め

提供:『妙高市大鹿在住 宮下文夫氏』

工事着手当初

1971年(昭和46年) 出典:『国土地理院』

旧橋の完成

1972年(昭和47年)11月

橋梁下部工事

 工事現場一帯には、土質調査では予測困難な火砕流堆積物や湧水が存在していたため、橋脚の基礎工事には、地下水位を低下させずに掘削が可能な「ニューマチックケーソン工法」が用いられました。厳しい地盤条件のなか、ケーソンの掘削・沈下作業は、綿密な工程計画に基づいて進められ、全3基の基礎工事完了後に橋脚が立ち上げられました。
 橋脚の躯体工事では、コンクリート打設用の型枠として、施工性に優れ、クレーンによる運搬が可能な大型のメタルフォームを使用するなど、様々な工夫により工事の効率化が図られました。その結果、下部工事は当初の予定より約1か月早く完了しました。

下部工事の状況

1971年(昭和46年)

地下28mのケーソン内部での掘削作業

1971年(昭和46年)

橋梁上部工事

 北陸地方建設局高田工事事務所(現・北陸地方整備局高田河川国道事務所)では、ブロック架設に関する会議が開かれ、工事期間の短縮と高所での作業性・安全性を考慮した結果、国内初となるケーブルクレーンによる「プレキャストブロック片持架設工法」が採用されました。
 工事現場の製作ヤードでは93個のプレキャストブロックが製作され、さらに場所打ち施工による6個を加えた全99個のブロックが、橋脚の左右対称に張り出す形で架設されました。
 各ブロックにはPCケーブルが挿入され、緊張作業を行うことで4径間が一体化し、耐久性と安定性を備えた旧橋が完成しました。

基準ブロックの架設

1971年(昭和46年)