概要

昭和44年8月上旬に発生した集中豪雨は、県内各地に大きな被害を与えた。
この豪雨は、俗に「ゲリラ豪雨」と呼ばれるもので、7月末から8月上旬にかけて、断続的に強い雨を降らせ、特に8月11日8時頃より、その雨量強度を増し、大正3年以来の大洪水となった。
この豪雨により、常願寺川上流の湯川左支川の多枝原谷等では、土石流が発生し、称名川、真川等で、渓岸崩壊が数多く生じた。
被害は多枝原谷において工事中の数個所の現場が埋没し重機械や仮設物が流失した。既設の砂防設備の被害としては常願寺川本川および湯川筋の砂防堰堤、有峰材料運搬道路、千寿ヶ原から水谷間の軌道施設の数個所に及んだ。
また、称名川は渓岸崩壊により河状が一変し、以降直轄砂防事業として着工するに至った。
人的被害として8月11日9時頃から千寿ヶ原の立山砂防工事事務所、水谷の出張所と作業員宿舎が孤立状態となった。特に奥地、水谷の職員や作業員多数の安否が心配され、ヘリコプターや捜索隊による捜索が行われた結果、全員無事であることが判明したが、立山砂防工事事務所開所以来の大災害となった。

流域の降雨状況

管内の雨量観測所における、等雨量線、時間雨量を図示したのが下の図である。

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    等降雨量線図

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    時間雨量図

流域の出水状況

当事務所所管のサブ谷、本宮水位観測所が出水で破損、流失したので正確な水位流量把握は不可能になった。
ただ富山工事事務所所管の瓶岩地点の水位記録はピーク時のわずかな時間を除いて記録されたので、これから推算した流量が常願寺川の唯一の出水記録となっている。
ピーク水位は水位計では実測できなかったが、洪水痕跡により7.98m(8月11日、10時50分)を得た。

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    本宮砂防堰堤地点の出水状況

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    立山橋での出水状況

山腹崩壊状況

8月集中豪雨のあと直ちに撮影した縮尺1/4,000のヘリコプターによる空中写真(建設省)と縮尺1/20,000の空中写真(林野庁、富山県治山課)から湯川、真川、称名川等の山腹崩壊状況を調査した結果は下の図のとおりである。

  流域面積(km2) 崩壊量(万m3) 崩壊面積(km2) 崩壊個所 摘要
湯川 26.0 300.0     昭和42~44年の変化
真川 78.0 349.4 1.13 1,278 昭和38~44年の変化
称名川 49.0 140.0 1.03 147 昭和38~44年の変化
常願寺川本川 50.0 68.0 0.36 77 昭和38~44年の変化

湯川の被害

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    多枝原谷下流の砂防堰堤群埋没状況

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    出水による六九谷の新規崩壊状況

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    昭和44年災による主要な土砂供給状況図

本川の被害

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    湯川と真川合流点の土砂流出状況

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    鬼ヶ城副堰堤の流失破損状況

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    千寿ヶ原の被害
    事務所庁舎の敷地も濁流で
    流出し鉄塔が傾き倉庫も流失

称名川の被害

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    藤橋付近の災害状況

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    藤橋上流の河床状況

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    北陸電力称名川第2発電所付近の河床状況

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    雑穀谷上流の河床状況

軌道の被害

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    水谷沢付近の軌道決壊状況

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    大谷下流の軌道決壊状況
    (ヘリコプターから撮影)