大河津分水通水100周年

役割
ROLE

新潟県、そして私たちを
支え続ける大河津分水!

大河津分水は越後平野を水害から守るだけでなく、生活や農業に必要な水を与えてくれる施設でもあります。そのために日本一の水量をほこる信濃川の流れをコントロールします。水量コントロールは洗堰と可動堰の2つの堰によって行っています。

洗 堰(あらいぜき)

信濃川に流す 水量をコントロール

 正式名称は「大河津洗堰」。
主に信濃川本川に流す水量をコントロールし、普段は日々の生活や田畑で使う水を一定量流し続けます。その水量は1秒間で25mプールが満杯になる(270?/s)量となります。

・堰長:167.52m
・堰柱:幅4.0m×長さ38.0m
・ゲート:油圧シリンダー自走式×5

可動堰(かどうぜき)

大河津分水路に流す水量をコントロール

 正式名称は「大河津可動堰」。
主に大河津分水路に流す水量をコントロールしており、上流から流れてくる水量によってゲートを開けたり閉めたりします。少し丸い形をした「ラジアルゲート」が採用され、ラジアルゲートとしては日本一大きな堰です。

・堰長:293.1m
・堰柱:幅4.0m×長さ30.0m

制水ゲート:ラジアルゲート×2門
調節ゲート:ラジアルゲート×4門
調整ゲート:フラップゲート×4門

あゆみ
HISTORY

3年に1度の水害

江戸時代~明治初期

 信濃川や中ノ口川などの堤防決壊による水害は3年に1度。その度に越後平野は壊滅的な被害を受けました。また、越後平野の西側に弥彦山や角田山が連なるほか、海岸には標高20mほどの砂丘があり、お盆のような形をしていることから、ひと度あふれ出た濁水はなかなか引かず、「こもり水」として恐れられました。
良寛さんをして、「この世に神様がいるなど疑いたくなる」と言わしめた水害。それでも越後平野の人々は、平穏な生活を諦めませんでした。

大河津分水工事始まるも…

明治初期

 越後平野を水害から守るためには大河津分水の建設が不可欠と考え、100人を超える人たちが大河津分水建設の請願を繰り返しました。それにより明治3(1870)年には大河津分水工事が始まりました。
 しかし、外国人技師が、「大河津分水ができると信濃川河口の水深が浅くなり、新潟港に影響が出る」と報告したことで、明治8(1875)年に工事は中止となりました。

大水害「横田切れ」

明治中頃

  明治29(1896)年7月22日、歴史に残る大水害「横田切れ」が発生しました。長岡から新潟まで、越後平野のほぼ全域が一面泥海となりました。
 たくさんの家屋や田畑が浸水し、被害総額は当時の新潟県の年間予算とほぼ同額。また、低地では11月になっても水が引かず、伝染病で命を落とす人もいました。
一方で、これをきっかけに大河津分水を求める声が一段と強まりました。

  

大河津分水工事始まる

明治中頃

 明治40(1907)年に工事が決定し、翌々年から掘削が始まった大河津分水工事では、当時最新の大型機械や最先端の技術が使用されました。それでも困難をきわめた工事でしたが、延べ1000万人の人々の献身的な頑張りのおかげで、大正11(1922)年、ついに分水路に初めて通水しました。

自在堰陥没…そして補修工事

通水から5年後、分水路へ流す水量を調節していた自在堰が陥没。これにより、信濃川下流部では水不足となり、新潟市では海水が川を逆流し、水道から塩水が出てくる状況となりました。
そこで、陥没した自在堰に代わり、可動堰を建設する補修工事が昭和2(1927)年に開始されました。青山士や宮本武之輔など多くの技術者と従業者の奮闘によって、昭和6(1931)年に可動堰は完成しました。

大河津分水を維持する

 可動堰が完成した後も大河津分水の機能を維持するために様々な工事を行っています。川底が削られることを防ぐための堰堤の建設や洗堰と可動堰を新しくする工事も行いました。
越後平野を守るために、大河津分水の機能を維持する工事は今も進めています。

通水100周年を迎え…

これからの大河津分水

  可動堰が完成した後も大河津分水の機能を維持するために様々な工事を行っています。川底が削られることを防ぐための堰堤の建設や洗堰と可動堰を新しくする工事も行いました。 越後平野を守るために、大河津分水の機能を維持する工事は今も進めています。

みどころ
CHECK

景色も素晴らしい大河津分水。
見る、学ぶ、触れることができる施設はこちら!

SPOT1. 信濃川大河津資料館

100年前に使われた実物のトロッコや臨場感のある洪水氾濫シミュレーションで大河津分水を体感したら、4階展望室から360度の眺望を楽しもう!

燕市五千石
TEL.0256-97-2196
HPはこちら

SPOT2. 文化財となった旧洗堰

00年前の大河津分水通水の時につくられた旧洗堰。登録有形文化財の堰をくぐったり、ふれたりして、先人たちの苦労を感じてみよう。

SPOT3. 補修工事竣功記念碑

信濃川大河津資料館周辺には大河津分水ゆかりの石碑が15個もあります。中でも見ておきたいのは版画家の棟方志功が感動した石碑。「万象二天意ヲ覚ル者ハ幸ナリ」の言葉が刻まれています。言葉の背景に描かれた動物も探してみてください。

SPOT4. にとこみえ~る館

大河津分水路の河口を拡げる大工事「大河津分水路改修事業」を紹介する資料館。工事の進み具合が360度で見渡せるARゴーグルは必見です! (現在は休館中です)