羽越河川国道事務所

暴れ川荒川 歴史上の水害記録

西暦
年 度
事  項
1646
正保3年
8月下越地方連雨 各河川大洪水
1664
寛文4年
下越地方大洪水
1670
寛文10年
越後地方大洪水 各地の河川被害甚大
1675
延宝3年
大雨で各地に水害続出 飢饉となる
1680
延宝8年
大雨で洪水 各所に被害
1704
宝永4年
大風が吹く 各地に洪水被害多発
1721
享保6年
新発田藩領内洪水 39,300石の水損
1723
享保8年
9日連日の降雨で大洪水 新発田藩領内45,000石の水損
1728
享保13年
新発田藩領内洪水41,400石の水損
1736
天文元年
新発田藩領内洪水 水損多し
1750
寛延3年
8月〜9月雨降り続き洪水
1752
宝歴2年
6月29日洪水
1754
宝歴4年
4月13日洪水
1755
宝歴5年
3月と6月胎内川および荒川筋大洪水
1757
宝歴7年
5月中洪水続く 5月23日〜27日大洪水
上流米沢中の橋残らず流失 各地大洪水
溺死者1,000名 水損53,000石余
新発田藩領の河川7,448間破提
1758
宝歴8年
県内各地に水害
1765
明和2年
4月上旬〜5月下旬連雨で洪水 大風吹く
1768
明和5年
洪水
1772
安永元年
4月6日大洪水
1775
安永4年
洪水
1776
安永5年
6月25日大洪水
1777
安永6年
7月9日胎内川等大洪水 胎内川、荒川筋で山崩れによる土石流 田畑家敷に被害甚大
1779
安永8年
県北大雨で大洪水
1781
天明元年
閏5月8〜9日大洪水
1785
天明5年
3月26日大洪水
1787
天明7年
5月18日上川辺大洪水
1789
寛政元年
閏6月5〜10日大洪水 
1790
寛政2年
5月荒川筋洪水
1791
寛政3年
連日の雨で各地河川洪水
1796
寛政8年
荒川筋洪水
1798
寛政10年
胎内川大洪水 荒川で渡舟が沈み、多くの死傷者を出す
1801
文化元年
女川の上流右支流村上方面へ分流
1804
文化4年
5月下旬から連日雨で洪水
1815
文化15年
夏中洪水 畑冠水
1820
文政3年
5月下旬からの雨で胎内川等洪水
1829
文政12年
8月洪水
1830
天保元年
7月大洪水
1833
天保4年
9月洪水 春近郷大地震 大津波
1835
天保6年
長雨のため各河川出水
1842
天保13年
3月小国町大堰流出 仮工事堰口から松岡まで2.16km幅2.1m
1844
弘化元年
連雨で新発田藩領内水損
1852
嘉永5年
小国大橋架設工事始まるが度々の洪水により工事遅延 流失後100日余で竣工
1853
嘉永6年
7月15日大雨洪水 閏7月5〜7日大雨洪水
1854
安政元年
7月14〜15日大雨洪水 荒川、胎内川筋被害甚大
1856
安政3年
閏5月14日大洪水 天保元年より5寸高い
1857
安政4年
5月13日、6月18日大洪水 荒川筋に被害が多い
1858
安政4年
6月11日、7月15日大雨 洪水
1860
万延元年
12月27日〜28日洪水 荒川筋に被害が多い
11月17日塩谷浜渡場よりの舟が転覆し女子28名水死
1861
文久元年
8月15日夕方から大雨 凶作になる
1877
明治10年
6月28日降雨が続き各地河川氾濫被害多数
7月5日荒川筋および胎内川洪水 破堤箇所多数
1878
明治11年
8月洪水で荒川筋の雲母村全戸流出
1883
明治16年
胎内川、荒川筋洪水
1885
明治18年
胎内川、荒川筋洪水
1886
明治19年
胎内川、荒川筋洪水
1887
明治20年
5月胎内川筋字砂崩山の流削工事着手
1896
明治29年
7月21日洪水
1908
明治41年
洪水
1909
明治42年
洪水
1912
明治45年
洪水
1914
大正3年
7月洪水
1915
大正4年
6月洪水
7月26日豪雨 蔵王山塊東側に土石流が発生し鍬江集落大被害、死者5名、埋没家屋20戸、流失3戸、床上土砂入り6戸
小長谷、下荒川、蔵王、下館等も大被害
1930
昭和5年
下越地方豪雨、各河川洪水で堤防欠壊箇所が多い
1932
昭和7年
下越地方豪雨で被害甚大
1936
昭和11年
4、5、7の3ヵ月大雨が続き荒川、胎内川等大洪水被害甚大
1941
昭和16年
7月1日洪水
1946
昭和21年
6月25日洪水
1966
昭和41年
7月17日から3日間にわたった大雨で胎内川、荒川筋大洪水 死者・行方不明者1名、重軽傷者4名、全壊・流出家屋16戸、床上浸水402戸、床下浸水1,056戸 黒川村、中条町で被害甚大
1967
昭和42年
8月28日洪水(羽越水害)死者・行方不明者134名、重軽傷者471名、全壊・流失家屋1,080戸、床上浸水16,422戸