昭和56年8月洪水では、関川稲田橋上流の左岸と保倉川下流部右岸で越水が生じ、本川の無堤地(霞堤)部では、堤内側に浸水し、周辺の人家近くまで広がり支川各所で氾濫が発生しました。
 昭和57年9月洪水では、関川で本川の溢水氾濫や各支川での破堤によって大水害をもたらす既往最大規模の洪水となり、関川や各支川での溢水箇所は44箇所(本川11箇所、支川33箇所)、破堤箇所は3箇所(いずれも支川)に及びました。