本文へメニューへ戻る




防災関連情報‐過去の災害

昭和10年

 9月25日魚沼地方一帯は未曾有の暴風雨に見舞われ、魚野川の各所で山崩れが発生し、魚野川で大氾濫となった。59集落で冠水、田畑の冠水は 600町歩にも及び、一面濁流の大湖と化し、土砂災害も甚大であった。
 この災害を契機として、昭和12年度より魚野川流域で直轄砂防事業が開始された。

写真

昭和10年9月 湯ノ沢川(湯沢町)

昭和23年

 9月16日、南方洋上から本土に上陸したアイオン台風は、魚沼地方を襲い、特に魚野川上流部、清津川、中津川で大災害を被った。被害の程度は相当 大きなものであり、死者行方不明者も2名記録されている。
 昭和20年代前半に集中したこれらの災害を契機として、昭和26年度より清津川・中津川流域が直轄砂防区域に編入された。

写真

昭和23年9月アイオン台風被害 水無川(湯沢町三俣)

昭和39年

 7月7日から8日にかけて、頸城・魚沼地方に停滞した梅雨前線は活発化し、魚野川の最大支川である破間川の上流部に豪雨をもたらし、最上流部の入 広瀬村(現:魚沼市)を中心に総額17億円の被害が発生した。この災害を契機として、昭和43年度より破間川流域の直轄砂防事業が開始された。

昭和44年

 8月11日、本州中部を斜めに横切る前線は次第に北上し、魚野川流域の六日町(現:南魚沼市)を中心に集中豪雨をもたらした。この豪雨により三国 川はかつてない未曾有の被害を受けるとともに、下流の大和町(現:南魚沼市)、小出町(現:魚沼市)、堀之内町(現:魚沼市)まで及ぶ被害となり、被害総 額は約42億円に達した。この災害が、三国川ダム建設、魚野川河川改修計画における計画高水流量見直しの契機となった。

写真

昭和44年8月災害 宇田沢川上原地区(六日町(現南魚沼市))

昭和56年

 8月23日、台風15号の通過に伴い関東地方以北に強い風雨をもたらし、全国で大きな被害が発生した。当管内も昭和10年以来の出水となり、六日 町(現:南魚沼市)では、家屋の床上浸水1,304戸・床下浸水1,347戸など被害は甚大であった。
 この台風は、清津川下流の中里村(現:十日町市)、中津川上流部の長野県栄村にも大きな被害をもたらした。

写真

昭和56年8月災害 登川堤防欠壊による道路被害(塩沢町(現南魚沼市))

平成10年

 超大型で並の強さの台風5号は9月16日早朝、静岡県に上陸、時速45kmの速さで東日本を縦断後、午後6時すぎ太平洋に抜け、県内には16日昼 頃もっとも接近し激しい雨をもたらした。同日午前10時までの24時間雨量は湯沢町で167mmを記録し、六日町(現:南魚沼市)などで4棟が床上浸水 し、床下浸水は魚沼地方を中心に171棟に達した。
 また土砂崩れ12箇所。塩沢町・湯沢町の魚野川など郡内の河川15箇所で堤防が欠壊し水田が冠水した。

写真

平成10年9月災害 魚野川上流(湯沢町)

平成16年

 10月23日17時56分頃に新潟県中越地方において震源の深さ13km、マグニチュード6.8の地震が発生、震度7(川口町)が観測された。(「平成16年(2004年)新潟県中越地震」)この地震により芋川流域内では崩壊が1,419箇所、地すべりが75箇所、土砂による河道閉塞が55箇所生じ、各所で道路が寸断されたり、人家が水没、浸水被害を受けるなど甚大な被害が発生した。この災害を契機として、芋川流域において直轄砂防事業に着手した。

写真

平成16年10月 新潟県中越地震 東竹沢地区(山古志村(現長岡市))

その他の災害

 当事務所管内における水害・土砂災害は、古文書等より西暦1560年までさかのぼることができます。これらの資料によると、昭和60年までの 426年間に163回の洪水を記録しています。したがって、2~3年に1回の間隔で洪水に見舞われており、戦後だけでも40年間に31回の洪水に見舞われています。このことは、当地方が災害常襲地帯であることを裏付けています。

過去の災害メニューへ

ページの先頭へ