乳川谷砂防堰堤工事における安全対策について


金森建設梶@H13国補通常砂防工事(乳川谷)
(工期平成14年3月27日〜平成15年 1月31日)

現場代理人  曽家 靖雄
現場担当者  平田 真彦

テーマ   ソフト面からの安全対策
キーワード 人に優しい現場


 

1.はじめに

 本工事は、大町市乳川谷の本流乳川と支流明沢合流点へ砂防堰堤を建設する工事です。流域概要としては、流域面積が27.67km2、工事箇所上流の河床勾配が1/37、玉石混じりの砂質土で1m以上の転石が点在するという状況でした。以上の内容から判断すると、比較的安定した河川と判断出来ます。上流の崩壊形跡も調査しましたが、特に目立った形跡もありませんでした。しかし、河川内の仕事である以上、増水等の災害の危険性はある為、ハード面において以下の3つの安全対策を行いました。

@ 雨量観測 現場事務所にデジタル雨量計を設置し、定めた警戒基準、中止基準にのっとって作業を行う。
A 気象観測 現場事務所に携帯電話でのインターネット環境を用意し、気象に関する情報収集を行う。
B 水位観測 水位観測計(スタッフ)を本流・支流上流の各砂防ダムスリット部2箇所に設置。
ちなみに余談ですが、昨年の安全対策発表会で発表させて頂いた自動水位監視システムは、発注者との協議の結果、採用しませんでした。

これら以外にも避難施設・訓練、パトロール、工事連絡協議会の設置等も当然のごとく行いました。しかし、『これだけで良いのであろうか?』そんな疑問を抱き始めました。ある程度安定してる当現場の河川に対するハード面の安全対策は、確かにこれで充分なのかもしれません。しかし、なぜかどうしても納得が行きませんでした。よって、少し発想を代え、新たなる安全対策に取り組んでみる事にしました。それが今回のテーマの『ソフト面からの安全対策』です。

2.ソフト面からの安全対策

例えば、凄く仲が良く、気心が知れあい、一緒に居ると楽しい仲間内に自分が居たとします。もしそんな状況に居れば、人間誰しもその集まり・グループを大事にしようと思うし、仲間のメンバーを大事にしようと思うし、皆の役に立てたらと思う気持ちを必ず持つと思います。これを1つの大きな砂防堰堤を作る施工グループに置き換えてみたらどうなるでしょう。各気持ち・思いの効果を整理してみます。

 (グループを大事にしようと思う気持ち)
 現場にとって、絶対に起こしてならないのは事故です。1つの事故は、現場サイドにも多大なる損失を及ぼします。これは、働く作業員人達も充分承知しています。事故にも色んなケースがありますが、やっぱし最後は『本人の安全に対する自覚・意識』に頼る部分が多いのではないかと思います。グループを大事に思う気持ち=事故を起こしてはならないという気持ちを各自持ってる現場は、『本人の安全に対する自覚と意識』が凄く強い現場になるのではないかと思います。
 (仲間のメンバーを大事にしようと思う気持ち)
仕事を進めていくと、色んな危険箇所が発生・変化していきます。『どこが危ないか?』危険を回避する為にKY活動を行いますが、本当にそれで全てが網羅出来てるのでしょうか?私はそう思ってません。なぜなら現場作業員の人達は案外、人前で意見を言うのが苦手な人達が多いからです。だから、そんな人達が朝のKY活動の中で、積極的に自分が知ってる危険箇所の情報を述べてくれるとは思えないからです。しかし、仲間のメンバーを大事にしようと思う気持ち=一緒に仕事をする仲間にケガをして欲しくないと思う気持ちが各自強い現場は、危険箇所の情報をより多く引き出す事を可能にし、あらゆる危険を回避できる現場になるのではないかと思います。
 (皆の役に立てたらと思う気持ち)
熟練者の知識というのは、本当に凄いものだと思います。危険箇所の察知能力もさることながら、危険を回避する作業方法も知ってます。熟練者とペアで仕事する人は、彼らの知識によって多くの危険を回避する事が出来ます。しかし、熟練者が全ての仕事を行うわけではありません。ある程度の経験者同士がペアを組んで作業を行うケースも多々あります。熟練者に、自分の持ってる知識を利用してもらい、少しでも皆の危険回避に役立ててもらえればと思う気持ちを強く持ってもらえたら…現場にとって、これほど強力な危険回避方法は無いと思います。

みんな仲が良く、気心が知れ合ってて、一緒に仕事してるのが楽しい現場がもたらしてくれる、これらの各気持 ち・思いが、今までにない安全対策を可能にしてくれる事が判ると思います。ハード面からの対応では実現が不 可能な部分を、このソフト面からの安全対策が補ってくれる事が判ると思います。しかし、これら3点の『ソフ ト面からの安全対策』の実現は、一筋縄では出来ません。なにしろ1番扱いが難しい人間が相手ですから。 当乳川谷の現場は、これらの気持ち・思いが各自起こる現場=みんな仲が良く、気心が知れ合ってて、一緒に仕 事してるのが楽しい現場を作る為、『人に優しい現場』をキーワードにさまざまな試みに取り組んでみました。 

3.『人に優しい現場』への取り組み

 『人に優しい現場』へ取り組むには、先ず、現場を作る現場代理人自身が働く作業員に対して優しい気持ちを持 つ事が前提となります。作業員に対して優しくする…凄く難しい事です。真の優しさとはなにか?そこまで戻っ て考える事もありました。しかし考えてばかりいても先に進みません。「先ずは行動あるのみ!」って訳で、最初 はこんな事から試みてみました。

 <みんなの憩いの場作り>

3Kと言われる土木作業は本当に大変な仕事です。多くの肉体労働を伴います。そんなみんなが少しでも休め る憩いの場を作ってあげたいと思い、こんなものを作ってみました。
現場の間伐材で丸太小屋を作り、現場産石を当社の石材部へ持ち込み、テーブルとイスを作って、この丸太小屋の中に設置しました。これはみんなに凄く評判が良かったです。「みんな一緒に頑張って、一緒に休む」。この憩いの場が現場に一体感をもたらしてくれました。そしてこの場所をもっと良い所にしようと各自が思いはじめ、各自が色んな食べ物を持ち込んでくれる様になり、本当に楽しい憩の場となっていきました。以下がそれらを食べながら、談笑してる写真です。


そして続いて取り組んだのが熱中症対策のサマータイムシフトです。

 <サマータイムシフトの本格的導入>

今年の夏の暑さは特に異常でした。作業員は毎日汗だくで、人によっては1日3回も着替えをしてました。見てる方が気の毒でした。そんな炎天下の中での労働は想像を絶する疲労と集中力の欠落を起こします。現場は約6ヶ月間の長期戦です。無理すれば途中でバテてしまうし、現場内の多くのゆとり失います。「楽しい現場を維持していく為に、作業員を守らなければならない!」の信念の元、7月・8月の2ヶ月間のみ、現場独自のサマータイムシフトを実施しました。

 8:00 〜 10:00        現場作業  10:00 〜 10:30 休憩
10:30 〜 12:00(11:30) 現場作業
12:00(11:30) 〜 13:30(13:00) 昼休み
13:30(13:00) 〜 15:00 現場作業  15:00 〜 15:30 休憩
15:30 〜 16:30 現場作業   実作業 6.0時間(通常時 7.5時間)

1. 5時間の削減は工程に影響したと思われると思いますが、不思議な事に全く影響ありませんでした。 逆に真夏の暑い時期にも関わらず、誰1人体調を崩す事無く、非常に順調に工程は進みました。なぜか? 答えは『人に優しい現場』がもたらした効果だったと思われます。作業員に優しい就業シフト。これが彼らのやる気と集中力を引き出してくれたのだと思います。優しくされれば誰でも恩返しをしたくなる。当現場はますます良い雰囲気の現場になっていきました。
こうして現場が良い雰囲気で進んでいくと、現場代理人側にも心のゆとりがででき、テーマにしてた優しさへのアイデアがドンドン出てきます。もう1つ紹介します。

 <慰労昼食会>

働くだけが能ではありません。たまには息抜きが絶対必要です。そこで当現場では毎月1回、みんなでワイワイと慰労昼食会を行いました。メニューは焼肉、流しそうめん、水餃子、キノコ鍋等。特に水餃子は生地から練るといった本格的なものでした。以下が餃子作成状況の写真です。
これら以外にも身障者への気配り、給水設備の完全設置等、さまざまなアイデアが浮かび実施してきました。頁の関係上、紹介はここまでにしておきますが、こんな感じで現場はもの凄く良い雰囲気になっていきました。

4.おわりに

 この取り組みの成果を評価するのは難しい事です。無事故で現場を完了したからといって、成功だとは判断できないと思います。しかし、1つの評価方法としてこんな事がありました。
ある慰労昼食会の時、作業員の人達が優しい笑顔で言ってくれました。
「いやぁ〜ここの現場は本当にいいよ!」って。
当初作ろうとした『みんな仲が良く、気心が知れ合ってて、一緒に仕事してるのが楽しい現場』は、さまざまな優しさへの取り組みの過程で『みんながいいなと思える現場』に少し形を変えていったみたいですが、あの優しい笑顔が、狙いであった『ソフト面からの安全対策』の実現に近づいていった証ではないかと思いました。
現場終了まで、あの優しい笑顔を絶やさない事を当書面にて誓い、この論文を締めくくりたいと思います。

以上