土石流危険河川における
作業工程短縮について

松本土建(株)南股第1号砂防ダム副ダム及び渓岸工工事
(工期 平成12年 2月〜平成12年12月)
現場代理人   松沢光彦
監理技術者     熊谷 久
       
テーマ   作業工程の短縮
キーワード   VE・中空構造

 

 


1.はじめに(発表概要)

 砂防工事現場で働く私達にとって「蒲原沢災害」は、決して他人事や遠い過去の事故ではない。土石流災害は、まさに明日は我が身に起こるかもしれない「現実の恐怖」である。私が土石流危険河川で砂防工事を担当した時に計画する「土石流に対する安全対策」とは、平成10年の6月に改正された「労働安全衛生規則」第12章の条文や、「土石流による労働災害防止のためのガイドラインの解説」を満足させることが目的でなく、「人命をいかにして土石流災害から守るか」という安全確保の手順を確立させることが本来の目的である。尚、平成11年から採用している「残存埋設型枠」も、コストダウンばかりが目的でなく、趣旨は河川内作業工程の短縮であり又、護岸工事等における緊急時の避難時間短縮及び安全な避難通路確保のためである。
 今回も河川内での作業工程をいかにして短縮するかというテーマの下で「護床工にコルゲートパイプを埋設型枠として使用する」という新工法を、安全対策として実践したのでその成果を報告する。


2.南股入沢流域の概要

写真−1 険しい地形の南股入沢

 南股入沢は一級河川姫川左支松川の二股合流点へ南西方向から流れ込んでいる。その源頭部は唐松岳、白馬鑓ヶ岳などであり、流域面積は16ku余に及び、現場上流の平均河床勾配は1/4弱の急流で、言わば連続した滝の様である。地質は蛇紋岩や凝灰岩などの亀裂の多い岩盤などで構成されているが、風化が激しく脆弱な地層となっている。
 昨年の8月6日から7日の夜間に、下流の沢から土砂が大規模に流れ出して、南股入沢を堰き止める寸前であった。(写真−1 左側の扇状部)

又、上流部では、南股4号の鋼製透過堰堤に粒径3m〜4m程度の巨石が捕捉されていることを見ることがでる。その捕捉状況や鋼製堰堤の損傷は、土石流が発生したときの恐ろしさを想像するには充分すぎる迫力を伝えてくれる。尚、昨年の2月にニュージーランド人のスノーボーダー3名が雪崩に巻き込まれて死亡したのは、南股第1号砂防堰堤の上流約300mにあるガラガラ沢である。


3.護床工の概要

写真−2 雷雨により増水した南股入沢

 当初設計では、護床工は残存埋設型枠を使用する以外は、2.0m×3.0m×2.0mの直方体を5基×19列に組み合わせるごく一般的な構造であった。問題点としては、2.0m×3.0m×2.0mの寸法を1.2m×0.6mのコンクリート製残存埋設型枠で組み立てるには、ブロック1基につき32枚使用する残存型枠の内、1/3に当たる12枚を切断加工しなければならず、全体の加工枚数は1,140枚に及び、それに要する手間と時間は施工管理上無視することができないものであった。又、それらを1枚ずつ組み立てる狭い場所での長時間作業は、土石流危険河川においての河川内作業として望ましいものではなく、何らかの方法で工程短縮という安全対策をしなければならないと考えていた。


4.護床ブロックの形状変更

4.1 VE提案としての円形型枠

写真−3 コルゲートパイプ組立状況

 本工事はVE提案型であり、何らかの提案が求められていた。残存埋設型枠の使用や取り壊された既設護床工のコンクリート塊を、水叩きや護床工などに埋設してコンクリート量を削減させるなど、およそ考えられることはすべて当初設計に織り込まれていたので、頭の固い私たちは白旗を揚げる寸前であった。又、昨年の上宝村で発生した雪崩事故の影響で、工期当初に工事一部中止指示が出ており、着手が3ケ月程遅れていて工期内の完成が危ぶまれていた。主任監督員からは、工程短縮と工費縮減という厳しい注文をされていたので、皆で無い知恵を絞っていたところであった。  
 護床ブロックの型枠組立工程の短縮策として、土石流の到達しない安全な高所で残存埋設型枠を加工することを考えていたが、「型枠を別の場所で組み立て運んで据える方法はないのか?」という同様の提案が工務課からあり、又、ふと目にした鋼製セル群ダムの写真がヒントになって、頭の中にぼんやりしたイメージが浮かんできた。「これは使える」と思い、コルゲートパイプを使った円柱形護床工を図面にして、数量や施工費をはじき出したが、コルゲートパイプの材料費が高価であったため、型枠面積やコンクリート量の削減効果があっても、残念ながら工費縮減とはいかなかった。そこで、円柱の直径を変更したり、高さを変えたりして比較表を作り主任監督員と相談しているとき、主任監督員から「円柱構造を中空構造にしてにしてコンクリート量の削減と浮力低減の効果をねらうのはどうか」と提案をいただいた。この提案がすべてを解決させるキーワードであった。

4.2 VE提案には馴染まない

 施工費の縮減については、中空構造によるコンクリート量の削減が効果をあげ、コルゲートパイプによる材料費の差額を吸収して尚且つ、1,500,000円程のコストダウンにつながった。主任監督員を通じてVE提案を打診したところ「工事目的物の形状を変更するのはVE提案として馴染まない」という、私たちにとっては冷たい返答であった。特記仕様書を読めば確かにそう書いてありVE提案のルールを無視したことが残念でならなかったが、降雨による作業中止が発令されたときの作業確保と、第2副ダムの施工と護床工の型枠組立を並行作業とする工程短縮を目的として、主任監督員と協議を続けた結果、ご理解をいただき採用につなげることができた。社内的には工事費を2,000,000円近く減額させた大馬鹿者になってしまったが、実行予算で分析すると、コルゲートパイプの組立の方が残存型枠の組立よりずっとコストダウンになり、同時に計画段階で15日の工程短縮が可能という机上計算の結果であった。

4.3 円形護床ブロックの施工

写真−4 コルゲートパイプ設置状況

 通常、護床工の施工は所定の高さまで第2副ダムのコンクリートを打設して、それから埋め戻すという工程を経て、漸く護床工の型枠組立作業に入ることができる。一方、コルゲートパイプの組立は、別の施工班が第2副ダムの施工と並行して別の場所で組み立てておき、埋め戻しが完了した時点でトラックで運搬して所定の位置に据え付けるだけである。内部と外周のコルゲートパイプを鉄筋を溶接して固定すればそれで完了であり、1日で8基の設置を見ることができた。それは4名の作業員が1日で200m2の型枠を組み立てたことになり、型枠の設置固定作業としては、高所での組立作業時間を無視すれば、その組立スピードは通常の倍以上である。コンクリート打設はその形状からバケット投入が困難なため、コンクリートポンプ車による投入を採用したが、1日で最大約120m3という打設スピードの速さも工程短縮に効果があった。当初計画工程では35日を予定していた右岸側護床工が、河川内での作業に限れば10日間ですべてを完了させることができ、25日という日数を削減できたと言う事実が、この工法の優位さを証明してくれる。


5.円形型枠の問題点

写真−5 ポンプ車によるコンクリート打設

 護床工の設計高は2mである。コルゲートパイプの高さは1.9mなので、労働安全衛生規則の条文で言えば足場の設置義務はなく作業主任者の直接指揮も必要がない。1.5mの高さを越えて昇降するので梯子が必要になるだけであった。職長の指示で最初は足場板を縦横に組み合わせて固定していたのだが、コンクリートの打設が進むに従い、1枚2枚と外されてしまうのである。それはコルゲートパイプ自体が手摺りとなるため、作業員が墜落の恐怖を感じない為と、コンクリート塊を設置するときに移動した足場板を元に戻すことを職長が指示しないためでもあった。何か対策は無いかと職長達と話し合いをしたが、KYで話し合うと言ったきり改善は見られなかった。私たちの指導方法が甘かったということも事実だが、円形の外周空洞部分に足場板を設置するのは、その構造上難しく、面倒くさいものであったらしく作業員たちはいやがり「うまい方法があったら教えて欲しい」と、逆に質問されて、私たちも頭を抱えてしまったが、その後彼らはコルゲートパイプの中程に溶接で固定された挿入鉄筋(φ36mm)をうまく利用して足場板を固定した。墜落事故防止には効果があったが、本来の通路、足場としては使いにくいものであった。これについては、今後の課題として次の機会にじっくり時間をかけて取り組んでみたい。


6.まとめ

写真−6 完成した中空円柱形護床工

 今回の安全対策研究は少々邪道だったかな、と思う。安全対策そのものよりVEや工程短縮が先にあり、その結果として河川内作業の工程短縮という安全対策につながったと言うものであった。当然、作業現場の上流には土石流センサーを設置して、避難訓練を繰り返したり、作業中止基準雨量の設定や監視員による上流部の監視などという、通常考えられる安全対策はすべて計画して実施してきた。しかし、どこが崩れてもおかしくないこの南股入沢で、いかにして早く工事を終わらせるかということも、やはり重要な安全対策であったと確信する。
 私個人として、5月の除雪作業から12月の降雪までの約6ケ月半という短い期間の中で、土石流や山崩れの夢でうなされたことはたびたびであった。作業員ばかりでなく、自分の身にも襲いかかる自然の猛威に対して、如何に戦うか、如何に防ぐかを考え続けた6ケ月半であった。私たちは「蒲原沢災害を風化させてはならない」を合い言葉に、これからも安全対策研究を続けて行く。それが砂防工事に携わる者の使命であると思う。
 尚、今回のコルゲートパイプによる中空円柱形護床工の採用に対して、貴重なアドバイスをしていただいた松本砂防事務所、並びに姫川出張所の皆様にこの場を借りて厚くお礼を申し上げる。又、技術資料を提供して下さった日鐵建材工業株式会社の皆様と、初めての作業に文句も言わずに付き合って下さった、株式会社鷲澤建設のスタッフの皆様に、心よりお礼を申し上げて今回の発表のまとめとしたい。