○上高地の面白い話
【ボランティア講演 根橋信水氏】
 上高地でご覧になっていただきたい一つの着目点は川辺林です。
 川辺林というのは最初、ハンノキやヤナギが生えだします。もちろんその前は湿生植物、いわゆる草です。ノダイオウとか、カヤツリグサの仲間のアブラガヤが種になって、稲のように頭を下げています。
あるいはセリ科の植物でシラネセンキュウ、ヤマゼリというようなものが先に生えたそうです。
 そしてだんだん土の中に養分である有機物が堆積してくると、ヤナギやハンノキが成長するわけです。こういう木は寿命が短いですから、すぐにハルニレ、あるいはサワグルミ、ヤチダモが成長し林を造ります。
 さらに安定期間が長くなると、いずれ針葉樹の林に変わるのだろう。こんなことを頭に入れながら見ていただければいいのではないかと思います。

上高地パークボランティア
根橋信水さん
上高地ではどこでも、この川辺林の一部を見ることができます。川辺林で最も規模の大きいのは、田代橋を渡って左岸側、少し上流を中の瀬公園と言っていますが、あの中へ入った林が見事な川辺林です。
 田代橋の少し上流は、梓川がクランク状に曲がっています。昔はおそらく川はまっすぐに流れていて、あの一帯は常に川原になったり林ができたりという、いわゆる森林の誕生と荒廃が繰り返されてきたのだろうと思います。
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 八右衛門沢という沢は、昭和54年でしたでしょうか、土石流を出しました。人の話によると、場合によっては帝国ホテルも危険ではないかと言われたような大きな土石流が起きたらしいです。
 このときに、大正池周辺のカラマツ林が壊滅してしまいました。
 カラマツというのはどういうところに林をつくるかと言いますと、焼岳のふもとに大きな扇状地があります。
 大雨が降って水が流れ、いわゆる砂礫が動く場所は植物が育ちませんけれども、安定した期間が長いところへ育つのは、ほとんどカラマツとシラカンバです。このカラマツ、シラカンバという木は、よく日が当たって土が乾燥しているところによく育つわけですから、あの場所は林ができる最適地だろうと思います。
 扇状地の川は普通、水が枯れていますが大雨が降ると一気に石と水が一緒に流れ出ます。それが砂礫の層となって堆積して行きます。
 一方、通常水は上流で潜って、そして平らなところ、いわゆる扇状地の扇端と言いますが、そこへ来て湧き出します。これを泉と言っているわけです。そういう地形のところで、田代湿原というような湿原となります。

 壊滅した林は、別の林に生まれ変わってきています。上高地では非常に多いケヤマハンノキ、あるいはタニガワハンノキというハンノキの仲間ですが、このハンノキとヤナギが川辺林の最初にできる林です。
 そんなふうに昔の川原、川辺には氾濫が起こって、立派な林ができたのが全部流れてしまう。そしてまた新しい林が生まれてくるというようなことを繰り返していた場所が上高地の本当の姿だろうと思います。
 今は堰堤がきちんとできて、氾濫ということはほとんど起こりません。そうすると林はどういうふうに変わってきたか。
 林を見るとハルニレやサワグルミが非常に多いです。こういう林に変わってきています。さらに安定期間が長くなると、もちろんわれわれが生きている時代ではないですが、100年、200年のち、今、立派な川辺林は、場合によると針葉樹林に変わってしまうかもしれません。そんなふうな場所であるということです。
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 上高地の川辺林の特徴であるヤナギは、だいたい10種類あると言われています。めずらしいヤナギとしてケショウヤナギ、それからもう一つはオオバヤナギです。ケショウヤナギとオオバヤナギは属が違いますが、属間雑種と言いまして、ときどき混血をつくるらしいですね。
 この混血がカミコウチヤナギと言われていて、実はその大木が、いまから10年ぐらい前まで中の瀬公園にありました。これが台風で根元の少し上から折れてしまいまして、残念ながらそれがもとで枯れてしまいました。実は発見された当時、いくつか株を持ち帰りました。いま東北大学の植物園にはあるそうですが、上高地では、私たちもまだある場所はわかっていません。
 梓川の川辺あたりに行くとヤマナラシという木がありますが、一見、ポプラに似ています。ポプラスと言いまして同じ仲間です。ポプラもヤナギなんだということです。この仲間にはドロノキ、ドロヤナギというものもあります。非常に大木に育ちます。
 ケショウヤナギは、幹が少し白っぽいのに着目していただきたいのですが、これは蝋質(ろうしつ)というものが分泌して、手でこすっても取れてしまいます。この蝋質がちょうど白粉(おしろい)で化粧したように見えるので、ケショウヤナギという名前がついているらしいですね。
 上高地にはケショウヤナギの幼木がたくさんあります。まだ幹が白いです。若いうちは非常に白いです。
 河童橋の脇に大きなケショウヤナギがありますが、あれは白くありません。歳を取ってくると化粧をしなくなってしまうのですね。(笑)若いうちだけ化粧をする。木は上部から枯れてきますから、上のほうに白いものが見え始めると、枯れてきて白くなります。これはもう余命いくばくもない。(笑)
 その他、上高地にはオオイチモンジという蝶がいます。この幼虫はドロヤナギの葉っぱを食べています。蝶というのは、お蚕さんもそうですけれども、自分が食べる餌が決まっています。
 食草といいまして、餓死してもほかのものは食べない。
 悪い話ですが、この蝶を専門に盗みにくるのがいます。ただし、蝶のまま盗んでいっても困る。餌をやらないと死んでしまいますし、その状態になってからでは、お値段がうんと下がってしまいます。それでサナギになった状態をねらうのです。もう餌を食べないで、蝶になる寸前です。これはポケットに入れていってもいいわけです。こうなった瞬間をとらえて、売り物にするそうです。
 そういう木も、歩きながらご覧になっていただけばいいのではないかと思います。