福地の砂防えん堤、護岸工、床固工奥飛騨の砂防チェック!-⑤
さらにもう少し

- 福地の砂防事業をきっかけとなったのが、昭和33年7月25日~26日の災害である。台風11号の影響で福地のオソブ谷が崩壊し、それが高さ20mに達するような巨大な土石流となって、当時谷に岐阜県が設置していた砂防えん堤を全て破壊しながら福地を襲った。
- この災害によって平湯川の川床が3m上昇し、約60万立方メートル(霞ヶ関ビル1.5~2杯分に相当する量)の土砂が堆積していると推測されている。
- この台風11号による災害は岐阜県内でも特に上宝村で被害が大きく、この災害によって福地、一重ヶ根(新平湯温泉の一部)が土砂に埋め尽くされた。その被害額は当時の金額で2億7000万円(現在の金額に換算すると約13億円)と推定され、当時の村報に「災害復旧に手がつかないありさま」と記されるほどたいへんなものであった。
- この台風11号により高山~平湯間の道路も決壊し、平湯への宿泊客約700人が足止めをくらった。この宿泊客が孤立してしまった平湯から帰る時、平湯~栃尾間も車が通ることができなくなっていたので、この区間は徒歩で行き、栃尾から神岡経由のバスで高山に戻った。