中学生の部 金賞作品 「五十鈴川」 武重 快人 武石村長門町中学校組合立依田窪南部中学校1年
 ブルブル
「きた!!」
 ぼくの手に確かな手ごたえがありました。糸がピンと張っています。竿が虹の様にしなっています。竿を上げました。岩魚です。それもかなり大物!!三十センチありそうです。
「やった!!」
叫びました。弟がぼくの獲物を見にかけ寄って来ました。バケツに入れました。口に針がかかっただけだったのでバケツの中でも元気にはねて泳いでいます。
「すごいね。大きいね。」弟もバケツをのぞいて言いました。今日はまだ、お父さんもつり上げていないのでぼくの岩魚が一号です。
 
ぼくの家の前には、五十鈴川と言う川が流れています。この川には岩魚や鰍といった魚が住んでいるとてもきれいな川です。家の玄関を出て細い道を横切って、畑を一まい下った所にあります。四十メートル位しかはなれていません。川の中には大きな石がゴロゴロしていて、向こう側の石垣まで三メートル位の小さな川です。ここから二キロ下ると依田川に合流します。
 いつもは、水の量は少ないので、川の中の石の上を渡って、簡単に向こう岸に渡れます。川の向こう側にある、ぼくの家の畑に行く、一番の近道です。八十二歳になるぼくのおじいちゃんも毎日、この近道、川を渡って、畑仕事をしています。
 川の中には、ヨシもたくさん生えています。いつもは、川の音もあまり聞こえない静かな川ですが、台風の時はちがいます。川の水の量が何十倍にも増えて、黒茶色ににごった水がゴオーゴオーと流れて来ます。大きな波は石垣ものみ込んで、あふれ出しそうに流れます。ガツン、ドドッ、と大きな石までも一緒に流れます。川の中のヨシはどこにも見えなくなります。見ていると恐ろしいくらい怖いです。
 台風や大雨が止んでも、次の日ぐらいまでは、水量も勢いも、まだまだいっぱいです。その翌日からは、段々いつもの川に戻っていきます。
 でも、向こう岸へ渡る、石の道は変わってしまいます。いつもふんでいた石は、ありません。新しく流れ着いた石の上を通ります。
 ぼくは、今日、この五十鈴川の上流へつりに来たのです。自然なままの川はきれいな沢の水がキラキラしています。この岩魚、あの台風の雨の時は、どこにいたんだろう?きっとここら辺りも水の量が増えただろうに、大きな石も流れただろうに・・・・・・お父さんが言いました。
「すごいのをつったなぁ。この川の主だったかもしれないぞ。」
川の主!!何年もここに住んでいる大きな岩魚なんだ、と思いました。バケツから岩魚をつかみました。
「え!!にがしちゃうの?。」
弟は言いました。
「うん。きっとこいつは、この川の主だからな。」
岩魚はすぐに見えなくなりました。『もう、だれにもつられるなよ。』ぼくは心の中言いました。
「ただいま。」
「お帰り。どうだった?何びきつれた?。」
と、お母さんは、夕食のおかずにと期待しながら聞きに来ました。
「今日はつれなかったよ。」
とぼく達は答えました。
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