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■すぐわかる大河津分水とは
大河津分水の役割
信濃川はかつて度重なる水害によって越後平野に壊滅的な被害を与えてきました。この被害をなくすためには、増水した水が越後平野に入る前に一部を日本海へ流す必要があります。そのために作られたのが大河津分水です。大河津分水は越後平野を潤し、水害から守り続けています。
大河津分水のしくみ
大河津分水の洗堰と可動堰が一体となって信濃川の流量をコントロールしています。
【通常時】
洗堰を開き、下流域の用水として毎秒270m3を放流します。それ以上の水量は可動堰から大河津分水路を通り、日本海へ流します。
【下流域洪水時】
洗堰を閉じ、可動堰を開け全量を直接日本海へ流します。
【渇水時】
可動堰を閉じ、洗堰を開け信濃川へと水を流します。大河津分水路へは魚道を通じて水が流れます。
大河津分水の歴史
1716(享保元年)〜
1735(享保20年)
本間屋数右衛門、河合某らが大河津分水建設を幕府に願い出たが、許可されなかった。
1870(明治3年) 大河津分水工事が始められたが、明治8年(1875)年に中止。
1896(明治29年) 7月22日 信濃川で水害「横田切れ」が起こる。
1909(明治42年) 大河津分水工事が再開。
1922(大正11年) 8月25日 大河津分水通水。
1927(昭和2年) 6月24日 大河津分水の自在堰が壊れて大きな被害を受ける。補修工事を開始。
1931(昭和6年) 6月20日 自在堰に代わる可動堰が完成。補修工事が完成する。
1982(昭和57年) 9月13日 大河津で観測史上最高水位(16.23m)を記録。洗堰で漏水。
1996(平成8年) 新洗堰本体工事に着手。
2000(平成12年) 5月29日 新洗堰通水。
2002(平成14年) 洗堰周辺整備工事が竣功。旧洗堰が登録有形文化財に登録される。4月18日 信濃川大河津資料館がリニューアルオープン。
2003(平成15年) 可動堰改築事業に着手。
*さらにくわしい歴史はこちらへ*

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