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信濃川大河津資料館
たより OHKOUZU ◆大河津分水の歴史と経緯◆
 補修工事により昭和6年に可動堰が完成した後も、大河津分水の機能を維持するための維持工事や補強工事を行ってきました。
 分水路の洗掘を防止
 大河津分水路は下流にいくほど川幅をせまくし急勾配にして、洪水を流すように設計されていたため、流速が大きくなり川底が激しく洗掘されています。特に河口付近は、川底が激しく削りとられています。
平成16年10月洪水の分水路河口付近の様子。
第ニ床固下流の洗掘状況。
場所によっては15mも掘られています。
洗堰・可動堰のかさ上げ
 より多くの洪水を大河津分水路へ流すために、洗堰(現在の登録有形文化財洗堰)は昭和35年に、可動堰は昭和40年にそれぞれかさ上げしました。また、機能を維持するための点検や修繕工事は日々行っています。
かさ上げ工事中のため、高さが違います。
昭和33年7月撮影。
可動堰ゲートのメンテナンス。
新しい洗堰の建設
 越後平野を水害から守り続けてきた洗堰(現在の登録有形文化財)は、完成から約80年が経過し、堰下流の河床の異常な低下、堰自体の老朽化などが顕著になり安全性が問題となってきました。特に昭和57年の洪水では堰と堤防の間から水漏れが発生し、万が一倒壊すれば大きな被害がおよぶ恐れがありました。そこで、将来にわたって安全性を確保するために、平成4年に改築に着手し、平成12年に現在の洗堰が完成しました。
現在の洗堰。かつての洗堰のゲートは小さなゲートが27門でしたが、現在は大きなゲートが5門です。

信濃川大河津資料館 〒959−0124 新潟県燕市五千石 (旧分水町五千石)
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