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信濃川大河津資料館
たより OHKOUZU ◆なぜ?どうして?おねがい!教えて信濃川◆
大河津分水洗堰から、どのように水が漏れていましたか?
 当日(9月13日)は、別の場所で信濃川の工事をしていましたが、会社から「洗堰が大変なことになっている、すぐ来てくれ!」と連絡が来ました。確かお昼過ぎだったと思います。早速、洗堰に駆けつけてみると、堰の一部や堤防から水が漏れていました。特に、洗堰からは、大変な勢いで水が噴き出していました。それに、洗堰の上流と下流では、水位差が約8mもあったため、「水圧で洗堰が倒れてしまうのではないか!?洗堰が倒れたら下流はどうなるんだ・・・」と感じました。今まで、こんなことはなかったので、現地は騒然としていました。冷静に行動しようと思っても、やはりあせってしまいました。
大河津分水洗堰の通常の水位差は約3mですが、この昭和57年洪水では、約8mの水位差となりました。
水漏れを防ぐために、何をしたのですか?
 洗堰からの水漏れは、鉄板で塞ぎました。しかし、隙間から水が噴き出して、完全に塞ぐことはできませんでした。堤防からの水漏れは、蛇篭(じゃかご)という堤防を保護する工法を用いました。鉄線で大きな籠を作り、その中に石を積めて堤防を守るものです。堤防の土が崩れて流れ出すと、堤防が切れる可能性が一段と高くなります。だからみんなで必死に石を運びました。
鉄板(写真中央付近)から水が漏れている状況や、蛇篭に石を運んでいる状況がわかります。
特に苦労したことは何ですか?
 水漏れを防いでいるときは、もちろん大変でしたが、意外と苦労したのは、洪水が収まってからです。大量の流木やゴミが洗堰や可動堰に流れ着いて、これを処理するのが大変でした。何回も何回も、流木やゴミを引き上げ、トラックに積んで、処理施設に運びました。洗堰には、歩いて渡れる程の流木やゴミがひっかかっていました。 
 それにしても、あのとき、洗堰が持ちこたえてくれて本当に良かったです。もう、あのような経験はしたくないですね。
 右から間嶋さん、室橋さん、白倉さん。昭和57年洪水の状況など、貴重なお話をありがとうございました!実は、水防活動写真(中段)の一番右と、右から4番目のかたは、それぞれ間嶋さんと室橋さんです。

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