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信濃川大河津資料館
たより OHKOUZU ◆なぜ?どうして?おねがい!教えて信濃川◆
 横田切れのように大きな被害をもたらした洪水はたくさんあり、そのたびに堤防を強くしたり、時には暮らす場所を変えることもありました。そのような洪水にまつわる碑を紹介します。
@曽川切れ記念碑-新潟市楚川・天野
 大正6年(1917)10月、信濃川の堤防が切れて、新潟市南部を含む亀田郷のほとんどが水につかりました。この記念碑の他に、堤防が切れた場所には「曽川切れ跡」の石碑が建てられています。
A五反田の移民碑-加茂市五反田
 たび重なる信濃川のはん濫による全村移転の苦難の歴史が刻まれています。中でも明治14年(1881)の五反田切れは現在でも水に浸かった跡が残っているほど大きな洪水でした。
B五十嵐川改修記念碑
 昭和8年(1933)から行われた五十嵐川の改修について記されており、治水家「松尾与十郎」の名前も刻まれています。
C大堰紀功碑
 昭和5年(1930)に完成した刈谷田川大堰(当時は固定堰)の竣工を記念して建てられました。
D栖吉川開修碑
 大正2年(1913)の洪水で栖吉川の堤防が切れ、改修工事が行われました。この工事の完成を記念して建てられた石碑です。
まだある!洪水・治水を刻んだ碑
E木津切れ記念碑
  大正2年の歴史的な大洪水の由来や年表が記されています。
F白根郷治水碑
  信濃川、中ノ口川の合流点に建てられています。
G新樋曽山隧道竣工記念碑
  隧道と西蒲原地域の治水の歴史が刻まれています。

信濃川大河津資料館 〒959−0124 新潟県燕市五千石 (旧分水町五千石)
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