・新潟県見附市およびその周辺にお住まいの方々にとって、非常に関係の深い場所、ゆかりの施設などを9箇所選んでいます。
・地図と写真をヒントに、それぞれの場所に行ってみましょう!   →地図を印刷する方はこちら(PDFファイル、497KB)



・チェックポイント一覧 ※施設名をクリックすると、詳細の説明にジャンプします
  →チェックポイントの説明を印刷される方はこちら(PDFファイル、約2.2MB)

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【概要】
 道の駅が建設されたこの場所は、平成16年7月の「新潟福島豪雨」による水害の復旧工事により、もともとの川の流れをつけ替えてできた旧河道の跡です。
 新潟県で36駅目となる「道の駅パティオにいがた」の中に「防災アーカイブ」が設けられています。

【平成16年の水害を受けて】
 7月12日夜から降り出した雨は、記録的な豪雨となり、午前10時過ぎに刈谷田川は警戒水位を超えました。 消防団の土のう積み作業の効果もむなしく、12時52分には刈谷田川左岸が50mにわたって決壊しました。
 その後、流水の阻害になっていた屈曲部の改良(旧河川埋戻し)により、約3haの敷地が発生し、 地元住民の意見をお伺いして刈谷田川防災公園として整備されました。その一部が現在「道の駅」となっています。
 撮影ポイントとなっている、水害祈念モニュメントには、見附市、長岡市の両市民から30ずつ選ばれた復興祈念メッセージが刻まれています。

 

GPS設定:祈念モニュメント

 

 

着工前河道付け替え工事中付け替え後

当該地区の変遷

 

所在地:新潟県見附市今町1丁目3358番地
位置情報: +37° 32' 43", +138° 52' 58“
関連情報HP:http://patio-niigata.jp/


資料・写真:新潟県都市整備課「中之島大橋」街路整備事業が全国街路事業コンクール特別賞受賞時のプレス発表資料
        新潟県長岡地域振興局地域整備課「刈谷田川災害復旧助成事業中之島ショートカット工区」

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【概要】
 昭和36年と39年の洪水の際は、刈谷田川の堤防が決壊し沿川地域に大きな被害をもたらしました。 これを機に、上流域に降った雨の量を調整して川に流すことができるよう刈谷田川ダムが計画され、昭和55年(1980)に供用開始しました。 平成16年7月の「新潟福島豪雨」では、下流の浸水被害軽減に貢献しました。

※ダムカードは、8時30分 ~ 17時(土日祝日を含む)にお渡ししています。

【平成16年新潟福島豪雨時のダムの効果と治水機能向上】
 平成16年7月13日の豪雨では、雨量が433mm(12日21時 ~ 14日 9時)に達しました。 1日で2ヶ月分(平年7月雨量の約2倍)の雨が降ったことになります。
 ダムは、洪水調整機能を最大限に発揮し、貯めることができる最大約325万m3の水を貯留しました。 しかし、最大貯留量を上回る降雨であったため、ダムが満杯になった後は、流入した洪水をそのまま下流に流す操作を行いました。
 その後、平成16年7月13日の豪雨と同規模の出水に対し十分な治水機能を確保する改善策として、 ダムの利水のための容量の一部を洪水調整容量に振り替えるとともに、貯水池内に堆積した土砂を撤去し、治水容量の確保に努めています。

【周辺情報】
 ダム周辺は奥早出・粟・守門県立自然公園に指定され、ダムは守門岳への登山口となっています。 また、上流の道院地区にはキャンプ場やグラススキー場等の施設が整備されています。

 

GPS設定:碑周辺

 

7月13日の貯留状況

 

所在地:長岡市栃掘7297-3(ダム管理所)
位置情報:+37° 26' 10", +139° 03' 10“
関連情報HP: http://www.pref.niigata.lg.jp/nagaoka_seibi/1195143378776.html


資料・写真:新潟県長岡地域振興局パンフレット「刈谷田川ダム」

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【概要】
 平成16年7月の「新潟福島豪雨」を受けて、刈谷田川中流部の稚児清水川との合流点付近の水田一帯は、 地元住民や地権者の方々、関係機関のご理解とご協力を得て、増水時の「遊水地」として整備されています。
 平成23年7月新潟・福島豪雨では平成16年と同規模の降雨に見舞われましたが、遊水地等の対策により、 下流域においては河川の氾濫による被害はありませんでした。
注)遊水地:洪水時の河川の流水を一時的に氾濫させ、貯留させることにより、流量調節を行う土地

【遊水地の創設と効果】
 平成16年7月の豪雨では、1,750m3/sの水が刈谷田川に流れ込み、被害拡大の要因となりました。 河川の掘削により1,550m3/sの水を流すことを計画することとしましたが、不足する200m3/sについては遊水地を創設し、洪水調節を図ることとしました。
 平成16年から地元説明を開始し、遊水地は平成22年末に完成しました。
 遊水地は、6池あります。面積は、約91ha、貯水量は刈谷田ダムの洪水調節容量の約6割に相当する、約235万m3にのぼります。
 平成23年7月の新潟・福島豪雨では、刈谷田川ダムの洪水調節容量の拡大分と遊水地の創設により、洪水の調節を行い、 下流域の被害軽減に大きく貢献しました。

 

GPS設定:遊水地の看板

 

 

平成23年7月豪雨時における遊水地の湛水状況(7月30日午後2時)

 

平成16年と平成23年の豪雨時の雨量

豪雨日時 刈谷田川ダム地点の総雨量 見附市内の24時間雨量 見附市内の時間最大雨量
H16.7.13433mm317.0mm44.0mm
H23.7.30410mm170.5mm68.0mm

 

平成16年と平成23年の見附市内の住宅被害

豪雨日時 全壊 半壊 床上浸水 床下浸水 一部損壊 被害総額
H16.7.130棟1棟880棟1,153棟2棟184.0億円
H23.7.302棟3棟51棟408棟2棟14.3億円

 

所在地:新潟県見附市明晶 ~ 河野町
位置情報:+37° 31' 34", +138° 57' 12"(看板の位置)
関連情報HP: http://www.city.mitsuke.niigata.jp/kbn/01302518/01302518.html
(見附市役所HP「遊水地、田んぼダムが豪雨被害軽減に大きな役割」)


図:冨樫祐一郎(新潟県土木部)「平成23年7月新潟・福島豪雨における刈谷田川遊水地の効果と課題」
資料:見附市役所HP「遊水地、田んぼダムが豪雨被害軽減に大きな役割」

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【概要】
 名木野小学校は平成23年に創立140周年を迎えた見附市内で一番古い学校です。 平成16年7月の「新潟福島豪雨」では、避難所となっていた名木野小学校も浸水しました。 平成24年8月には「防災キャンプinみつけ」が実施されるなど、体験型防災教育の拠点となっています。
 防災キャンプでは、自分と家族、友人などの身を守るための、けが人の搬送やロープワーク、着衣泳、Eボート組み立て等をしました。
 校歌に「きたえる力は刈谷田川の流れて止まぬ雄々しさよ」とうたわれています。

 

GPS設定:避難所看板

 

 

所在地:新潟県見附市月見台1丁目10-75
位置情報: +37° 30' 59", +138° 55' 39“
関連情報HP:http://www.mitsuke-ngt.ed.jp/~nagino/

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【概要】
 平成16年7月の「新潟福島豪雨」を受けて、平成19年度から南本町で雨水貯留管の埋設が進められ、平成22年度に完成しました。 地下7mの管は内径2.6m、長さ586m。3,100m3の雨水をため、雨がやんでから少しずつ排水することで刈谷田川が溢れるのを防ぐ効果があります。 雨水管は中央児童公園付近から刈谷田川までの地下に埋設されています。
 また、貯留管内で雨水の貯留量が一定量に達した時、雨水を刈谷田川へ放水できるように、緊急排水ポンプ施設も設置されています。

 

GPS設定:説明看板

 

 

所在地:新潟県見附市南本町1丁目付近
位置情報: +37° 31' 08", +138° 55' 30“


資料:見附市ホームページ

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【概要】
 「みつけ伝承館」は、かつての民俗文化資料館をリニューアルしたもので、「見附にくらす」をテーマに見附で人々が営んできた 生活の様子を考古資料・民俗資料や文書を使って解説しています。
○開館時間:10:00 ~ 17:00
○休館日: 毎週月曜日(月曜日が休日の場合は次の平日)、年末年始(12月29日 ~ 1月3日)
○入館料: 無料

 

GPS設定:建物入口

 

 

所在地:新潟県見附市学校町2-7-9
位置情報:+37° 32' 07", +138° 54' 58“
関連情報HP: http://www.city.mitsuke.niigata.jp/ctg/00670130/00670130.html

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【概要】
 平成16年7月の「新潟福島豪雨」の水害により貝喰川流域で大きな浸水被害を受けたことから、水田1,200m2で「田んぼダム」の取組が進められています。 田んぼダムは、大雨を一時的に水田に貯め、時間をかけてゆっくり排水することで、下流の市街地等の洪水被害を軽減しようという取組みです。

【背景】
 平成16年の豪雨では、貝喰川についても、河道の疎通能力を超える雨水が押し寄せたため、水田に水が溢れて農地が浸水したり、 上流部市街地の浸水被害を誘発しました。
 その後、刈谷田川は上流部に遊水地を整備するとともに、今町・中之島地域で河道を直線化する工事が行われました。 一方、貝喰川は河川整備の検討が行われましたが、河川改修まで多額の費用と時間が必要と想定され、田んぼダムの方式が採用されました。

【田んぼダムのしくみ】
 田んぼダムは排水口に「水位調整管」を設置し、降雨時に雨水を貯め、ゆっくり排水するしくみになっています。

【現状と今後の予定】
 現在の計画では、市内を流れる「貝喰川」流域の県営圃場見附地区約1,200ha全ての田んぼに水位調整管を設置する予定です。
 また、田んぼダムの取り組みは、平成24年度には新潟県内11市村の56地域9,539haで取り組まれています。

 

GPS設定:
片桐排水機場脇の碑

 
 

【GPS設定箇所について】
 この石碑は、刈谷田川土地改良区によって実施された圃場整備事業(片桐地区団体営圃場整備事業)の完工記念碑であり、 この周辺一帯で田んぼダムの取組みが展開されています。

 

田んぼダムのしくみ(資料提供:新潟大学)

 

所在地:新潟県見附市片桐町ほか(貝喰川流域)
位置情報: +37° 33' 24", +138° 54' 19“
関連情報HP: http://www.city.mitsuke.niigata.jp/ctg/00431001/00431001.html


資料・図:見附市HP「見附市田んぼダム事業」
      新潟県HP「新潟発 田んぼダム実施中」

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【概要】
 今町は近世以降、南蒲原、古志、三島地方の米を船に積み、信濃川を経て新潟まで運搬する河港として発展しました。 また、今町は醸造も盛んであり、写真の「米善」さんも明治の創業で、当時のたたずまいを残しています。 港町として発展したため、宿屋や料理屋がたくさん立地し、現在でも割烹料理店などが見られます。

【舟運と今町の発達】
 明治の半ばまでは、道路の整備も進んでおらず、また鉄道も敷設されていなかったため、物資輸送の重要な手段は刈谷田川を活用した舟運でした。 刈谷田川は栃尾-見附-三条-新潟を結ぶ物資輸送の動脈であり、今町と見附は物資の集散地として賑わっていました。 しかし、見附まで船があがれるのは雪解けで水かさが増した春先などに限られ、渇水時には今町や三林で陸揚げし、そこから見附まで陸送しました。
 今町では、平成16年当時の河道よりも東側に刈谷田川が流れており、米善商店付近が屈曲点でした。 つまり、米善商店の裏側が土手であり、船からの荷物の搬出・搬入には便利な立地でした。

 

GPS設定:米善

 

 

所在地:新潟県見附市今町1丁目
位置情報:+37° 32' 47", +138° 53' 10“


資料:「ふるさと見附の歴史」、見附市役所、S60.10
    「刈谷田川散策マップ」、新潟県長岡地域振興局

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【概要】
 大沼排水機場は長岡市中之島地域1,479haの排水施設です。 排水機場は、洪水時には中之島地域一帯を浸水の被害から守る重要な施設となっています。
 かつて長岡市中之島地域の北部には赤沼潟と呼ばれる大きな潟湖が広がり、湛水常襲地帯でした(下記写真参照)。 昭和2年に排水機場が完成し、排水改良により中之島地区北部は水田が広がる耕地へと変わりました。 現在の排水機場は平成11年に完成した4代目です。

 平成16年7月の豪雨では、刈谷田川の氾濫水が排水機場の近くまで迫り、排水機場そのものが水没の危機にさらされました。 中之島消防団による昼夜兼行による土のう積みにより機場内への浸水を阻止しました。排水機場は5日間24時間排水を続けました。 13 ~ 16日の4日間だけの排水量は平年の1.8年分に達しました。

 

所在地:新潟県長岡市下沼新田甲1044
位置情報:+37° 36' 46", +138° 52' 36“


資料:新潟県「にいがた農業水利施設百選」
    新潟県土地改良事業団連合会ホームページ
    新潟県「刈谷田川散策マップ」
    土木学会附属土木図書館デジタルアーカイブ

 

PS設定:旧ポンプ

 

明治29年信濃川大洪水:刈田谷川右岸 南蒲原郡鬼木村(栄町)地先の刈谷田川での破堤と締切工事の状況(出水後23日)
[所蔵:土木学会附属土木図書館]

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見附市の取組み

 平成16年7月の豪雨は、刈谷田川上流域に24時間で400mm以上という大雨をもたらし、刈谷田川では中之島をはじめ6箇所で破堤する事態に及びました。 また、見附市平野部の大部分を流域とする支川・貝喰川でも、その能力を超える降雨のため市街地や水田の浸水被害が起こりました。
 この水害を受けて見附市ではさまざまな取組みを行ってきました。その結果、平成23年7月豪雨時の被害軽減に大きな効果を発揮しました。 主な対策については以下の通りです。


(1)外水対策
 刈谷田川の河道を改修しても、平成16年7月災害時の実績流量(1,750m3/s)に対し200m3/sの流下能力不足が生じてしまいます。 この洪水流量調節のために遊水地を整備しました。

《遊水地の整備》 → 3.刈谷田川遊水地 参照
 ・稚児清水川合流部付近に面積約91ha、貯水量235万m3の遊水地を整備しました。350名余りの地権者の方々にご協力いた   だき、平成22年に完成させることができました。
 ・この遊水地は平成23年7月豪雨時には約180m3/sの洪水を貯留して効果を発揮しました。
 → 関連資料は、こちら (平成23年7月新潟・福島豪雨水害現地検証チーム第2回全体会合資料 p.11)
 ・平成23年豪雨時の見附市内の時間最大雨量は68mmと平成16年当時の1.5倍でしたが市内の住宅被害は激減し、被害額も   184億円だったものが14億円余りに縮減されました。



(2)内水対策
 市街地を内水被害から守るため、雨水貯留管を設置しました。また、田んぼダムによる流出量の抑制、消雪井戸を利用した減災対策についての取組みを進めています。

《雨水貯留管の設置》 → 5.雨水貯留管 参照
 ・内水被害が頻発していた南本町の道路に雨水貯留管を埋設し、平成22年に完成しました。
 ・平成16年災害時は床上・床下浸水が合計372棟、一部損壊が1棟という被害でしたが、平成23年出水時は床上・床下浸水が   合計13棟、損壊家屋なしとなり、大きな効果を発揮しました。


《田んぼダムによる洪水の流出抑制》 → 7.田んぼダム 参照
 ・支川・貝喰川沿川の水田で、降雨を一時的にためて流出時間を遅らせる「田んぼダム」の取組みを進めています。
 ・シミュレーションによると、未実施の場合には床上浸水9.3ha、床下浸水212.4haの被害が発生しますが、計画対象地全域で   対策が行われることにより床上浸水なし、床下浸水15.5haまで被害を軽減させる効果が期待できます。
 ・農家の方々の負担軽減のため、調整不要の落水量調節管の導入を進めています。


《消雪井戸を利用した減災対策》
 ・降雨を集水し、消雪井戸に直接戻して浸透させるという実験を進めています。
 ・市役所周辺での実証実験を踏まえ、市内400本の消雪井戸のうち、実施可能な箇所を選定して範囲の拡大を検討しています。



(3)ソフト対策

《水害ハザードマップの整備、情報伝達の強化》
 ・洪水、土砂災害の教訓を生かした「見附市豪雨災害対応ガイドブック」を作成し、全戸に配布しました。
 ・登録者のパソコンや携帯電話に緊急情報メールを配信するサービスや、各町内への防災Faxの配信、サイレンの鳴らし方の工   夫、屋外スピーカーでの放送などを実施するとともに、ホームページによる情報提供・周知などを進めています。



■その他関係機関の取組み
《刈谷田川の河道改修》 → 1.道の駅パティオにいがた 参照
 ・中之島破堤箇所の河道屈曲部が是正され、残地は防災公園として整備されました。
《刈谷田川ダムの洪水調節容量確保》 → 2.刈谷田川ダム 参照
 ・利水容量の一部が洪水調節容量に振替えられ、約20%の容量増量が実現されました。



資料:
・見附市役所HP「遊水地、田んぼダムが豪雨被害軽減に大きな役割」
・新潟県長岡地域振興局地域振興部「刈谷田川災害復旧助成事業」資料
・平成23年7月新潟福島豪雨水害現地検証チーム第2回全体会合資料

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コラム 刈谷田川の改修の歴史

 刈谷田川は、江戸、明治と大雨のたびに、何度もの洪水が発生し、周辺に住む人々は家屋や農地が流される被害を受けてきました。
 洪水時、信濃川と合流する刈谷田川下流地域では、信濃川の流れの速さと水の高さにおされて、刈谷田川の水がはけず、あふれたり、堤防が決壊しました。 また、中流域では、川が蛇行しているため、川底に土砂が堆積し次第に浅くなり、流れを変えて、堤防が弱いところで頻繁に決壊しました。
 大正元年(1912)と大正2年(1913)に見附や中之島地域全域が水に沈むほどの大洪水が発生しました。 新潟県では、改修計画を立案し、大正8年(1919)から昭和16年(1941)まで工事が続けられました。 工事は、蛇行する川をショートカットする、川幅を50mに広げる、川をつけ替えるなどの大がかりなものでした。(下図参照)

 

 

 その後、昭和36年(1961)、昭和39年(1964)と洪水により堤防が決壊し、周辺地域に大きな被害をもたらしました。 そこで、新潟県では、川の水量を調整できるよう刈谷田川ダム建設に向け、昭和43年(1968)に調査を開始し、 昭和49年(1974)から工事を開始し、昭和54年(1979)に完成しました。
 しかし、平成16年(2004)7月13日に記録的な大雨が発生し、再び堤防が決壊するなど、刈谷田川流域で大きな被害が出ました。
 県では川幅を広げる、遊水地をつくる、曲がっている川をまっすぐにするなどの改修工事を再び始め、平成23年(2011)に完了しました。

 

見附市の主な洪水

元和6 ~ 慶応3年(1620−1867)江戸時代の250年間に大きな洪水が43回あった。
明治元 ~ 明治44年(1868−1911)明治時代の44年間に大きな洪水が38回あった。
大正元年(1912)丸山興野・三林で決壊
昭和元年(1926)葛巻で決壊
昭和19年(1944)安田・丸山興野で決壊
昭和36年(1961)五百刈・六本木・三林で決壊
昭和39年(1964)中之島・猫興野で決壊
平成16年(2004)稚児清水川合流点付近、町屋、今町、中之島で破堤

 

河川改修の歴史

大正8 ~ 昭和16年(1919-1941) 23年にわたる改修工事。
昭和39 ~ 昭和55年(1964-1980) 昭和36年、39年の大洪水を受けての改修。昭和55年に刈谷田川ダムが完成。
平成16 ~ 平成23年(2004-2011) 平成16年7.13豪雨災害後の改修。1)川幅の拡張と堤防の強化、2)遊水地の設置、3)湾曲している部分の直線化を行った。


資料:見附市役所「ふるさと見附の歴史」(S60.10)、
    新潟県長岡地域振興局農林振興部「長岡地域における新田開発のあゆみ 排水編」(H24.2)
    「広報見附2011.11」
図:新潟県長岡地域振興局「刈谷田川散策マップ」
  ( http://www.pref.niigata.lg.jp/nagaoka_kikaku/1264626036460.html [マップはこちらからダウンロードできます])

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