国土交通省北陸地方整備局

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特集中越地震
北陸地方整備局の誇る特集中越地震
震度7 の直下型地震、長引いた余震 活動
平成16年10月23日17時56分新潟県中越地方の深さ約13kmでマグニチュード6.8、震度7の直下型地震が発生。
中山間地域を震源とする地震で、日本有数の地すべり地帯であったこと、7月の梅雨前線豪雨や台風23号の降雨で地盤が緩んでいたときに発生したことから、多数の斜面崩落など地盤災害を発生させました。そのうえ、強い揺れの余震が長期に渡りました。余震は、復旧作業に大きな足かせとなり、また、余震による住宅倒壊など2次災害の懸念から、避難住民がピーク時には10万人を超えるほどの被害となりました。
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土砂崩れによる家屋倒壊
生活・経済への影響
写真 連続する山崩れにより道路の原形をとどめていない(旧山古志村(現 長岡市)竹沢) 地震発生直後、旧山古志村(現 長岡市)をはじめとして61集落が孤立しました。唯一の交通手段である道路の寸断が、避難を困難にし、救援物資の搬入やライフラインの復旧を遅らせる大きな要因となりました。高速道路や一般道路の通行止め、上越新幹線の脱線、ローカル線の運休も含め、一時、首都圏との交通ネットワークは寸断され、新潟県全体の経済活動への影響が懸念されました。また、山間地では、土砂崩れや地すべりにより発生した大量の土砂が河川を閉塞、道路を寸断し、土石流発生の危険性が懸念されました。さらに被災地は豪雪地帯であるため、降雪による被害拡大の不安もありました。そのため、一日も早い復旧、安全を確保することが北陸地方整備局の使命でした。
行政主体を超えた復旧支援
北陸地方整備局では、地震発生直後の18時、「災害対策本部」を設置し、各地で復旧作業を開始。道路、河川、砂防の復旧はもちろんのこと、新潟県や被災自治体に対し、行方不明者の救出に関わる支援、避難所等への照明や水の提供、簡易トイレの設置、災害対策機械の派遣、市町村の被害状況調査、被災建築物の応急危険度判定などの支援を行いました。
芋川の河道閉塞・せき止められた土砂との闘い写真
旧山古志村(現 長岡市)、旧堀之内町(現 魚沼市)などを流域とする芋川では、崩壊842箇所、地すべり124箇所、土砂による河道閉塞が大小52箇所発生しました。河道閉塞箇所では刻々と水位が上昇し、特に、旧山古志村(現 長岡市)の東竹沢地区と寺野地区の河道閉塞箇所では、決壊により大規模な被害を下流域に与える恐れがありました。このため、11月5日、新潟県知事の要請を受け、湯沢砂防事務所によって緊急工事を実施することとなりました。危険を回避し、安全を確保する責任を担うことになったのです。
東竹沢の地すべりは特に大規模で、河道を閉塞している土砂の高さは31.5m、その量は約66万m3にも達していました。
道路が寸断されているため空輸したポンプ6台により、11月9日排水を始めますが、水位は上昇を続けました。後に各地方整備局からの支援で最大12台が稼動し、ようやく水位が低下しました。
しかし11月14日頃、排水ポンプ吐口が一気に約25m浸食され、水位ももともとの河床から約25m上昇し、このまま吐口が浸食で後退し上流の湛水池とつながると、約66万m3の土砂が一気に崩壊する危険性が生じました。
11月16日、浸食対策として、ポンプルートの変更を決断します。17日、ホースを旧東竹沢小学校の一部を取り壊して通すなど、作業環境が悪い中で切り替え作業は夜まで続けられ18日午前2時頃に移設を完了しました。
後日作業に携わった皆さんは「被災された住民の方々を見て、これ以上被害は出せないという使命感で頑張った」と話されていました。
そして今、世界へのゲートウェイとして…。
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一般国道17号川口町天納
震源に近く震度7を記録した川口町では、国道17号、関越自動車道、JRが通行止めになり、他の周辺道路の被害も激しく、外部との行き来が絶たれた状況となっていました。
国道17号を管理する長岡国道事務所では、小千谷市と川口町境付近の天納地区で発生した56mに渡る土砂崩れ、旧堀之内と川口町境に近い和南津トンネルで発生した天井コンクリートのはく落の応急復旧に取り掛かりました。
特に天納地区では、救急車もストップし人命の危機に直面していました。そこで、工事は24時間体制で行われ、30時間後には路肩部分で一車線の緊急通路を確保しました。しかし、一般車両を通すには、迂回路を設置する必要があり、それには山側の私有地を通すしかありませんでした。直ちに地権者と調整を行い、地震発生から6日後には片側交互通行の迂回路が開通。その2日後には迂回路を使った対面通行が可能となり、被災地の復旧活動は促進されることとなったのです。
当時の副所長は、“道路管理の仕事をしているものは、日頃から道路に何かあれば「とにかく一刻も早く通れるようにしたい」と思うもの。職員、協力業者の皆さんが責任感、気力をもって復旧事業に取り組んだことで、想定よりも大幅に早く復旧できた”と語っています。
関係機関の連携や地元の協力が早期の復旧に繋がった
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北陸地方整備局 長岡国道事務所 工務課長
(当時 長岡国道事務所小出維持出張所長)

山田一夫 氏

長岡市の自宅で被災しました。家族が無事でしたので、後のことは家族に任せて、出張所に向かいました。途中旧越路町(現 長岡市)付近で進めなくなったため、事務所に向かうことにしました。その後、現地調査の第一陣として、被災現場に向かいました。現地調査では、天納地区からは徒歩で進み、途中工事現場の車両を借り、橋梁等の段差をすりつけて車を通れるようにしながら和南津トンネルまで進みました。和南津トンネルでは、被災状況を調査しましたが、トンネル照明が消えている中、東京側の抗口から照らす連絡車の明かりだけが頼りでした。
当出張所管内は、大きな被害を受け、職員や協力業者のみなさんが各所で、不眠不休の復旧活動にあたってくれました。作業員の中には、自宅が全壊された方もおられたと聞いています。このような状況の中で、これほどの短期間で復旧できたのは、地元の協力や警察、関係市町村、日本道路公団(当時)等との連携があったからだと思います。日頃から、想定外を想定して、まさかの為に準備することが大切であると思いました。

 

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