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ビッグプロジェクト 萬代橋

萬代橋

大地震にも耐え、新潟市の発展を支えている「萬代橋」

新潟市中心部の東西を結ぶ萬代橋は、現在の橋で三代目。信濃川に架かる6連のアーチ橋です。昭和4(1929)年8月23日に完成し、以来80年近くにわたって街の発展、市民の暮らしを支え続けています。

萬代橋は昭和2年7月に着工され、橋脚の基礎工には当時の最先端技術「空気潜函(ニューマチックソーケン)工法」を導入し、総工費240万円(現在の金額で800億円)という莫大な金額を投じて整備されたビッグプロジェクトです。

後の昭和39年に新潟市を襲った新潟地震(マグニチュード7.5)にも、他の橋が通れなくなった中で唯一耐えることができ、市民の足として震災復興を支えていたのです

萬代橋写真 新潟地震に耐えた萬代橋は唯一
車両通行が可能な橋として災害復興に貢献

始めて日本人のみで実施した「空気潜函工法」

「空気潜函工法」は、橋脚などの基礎工事に用いられる優れた技術です。大正12(1923)年に起きた関東大震災後の復興において、地震に強い強固な構造物とするため、隅田川の橋梁の基礎工事で空気潜函工法が採用されました。当時の日本になじみのないその工法は、全て外国人技術者の指導のもと行われていました。それらの工事に携わり、後に萬代橋の架け替えに、主任技師として派遣されたのが、「正子重三」です。正子は、日本人技術者のみで空気潜函工法で施工するという重責を負って赴任したのです。

水面下15m余りの基礎地盤に達する巨大なケーソン基礎は、橋の6つのアーチをしっかり支えている
空気潜函工法の概念図
空気潜函工法の概念図
※マテリアルロック:材料用気閘(きこう)
※マンロック:人間気閘。作業室では高圧のもとでの作業となることから、高圧室に出入りする作業員の減圧症予防のために、加圧または減圧を行う出入専用の室
※作業室:水の侵入を防いで水中部の作業を乾燥状態で行うため、圧縮空気を送って高圧に保たれた室

不安に苛まれるなか、空気潜函工法に挑んだ技術者「正子重三」

正子は、新潟赴任時のことを「私の経験としてはこのような大工事は初めてであるし、最も難工事とする潜函工事を今まで米国人技師の指導でやったほどのものであったので、内心不安に堪えないものがあった」と述べています。しかし、現場では、果敢な行動力を発揮し、周囲の状況に合わせた的確な判断によって工事が進んだのです。

また、竣工後には、「竣工した橋も新潟の名勝として、名橋として天下に誇って差し支えないだろうと信じている。それと同時にこの新橋には重大なる使命があると思う。新潟市ならびに新潟地方発展のために非常な働きをせねばならぬ義務がある。それには市県民一致協力してこれを愛し合い、誇り合うようにして貰いたいと思う。(中略)橋の寿命は大切にすると如何によって非常な差異があるものである」と言っており、それはまさに現実となって現れているのではないでしょうか。

萬代橋の「用・強・美」

萬代橋は、信濃川を挟んだ東西地域の結びつきを強くし、1日4万7千台もの自動車交通を支える「用」の機能、地震に強い鉄筋コンクリートアーチ橋で巨大な基礎が6つのアーチを支え、新潟地震にも耐えられる強度を持つ「強」の機能、さらにアーチ形状が安定感と軽快感を与え、御影石の化粧張りが重厚さを加え、街と空と川を締めくくる美しい景観を演出する「美」の機能を備えています。この御影石の化粧張りは基礎工のコスト縮減で得られた資金で作られています。

このように、萬代橋は、土木構造物に必要な「用・強」とともに、「美」を兼ね備えることでいつも時代も新潟のシンボルとして親しまれてきました。平成16年7月には、国の重要文化財にも指定されています。

「用・強・美」を備えた萬代橋写真 「用・強・美」を備えた萬代橋
正子重三
正子重三(まさこ・じゅうぞう)

明治20(1886)年~昭和53(1978)年。岡山県出身。岡山県立工業学校土木科、ワシントン州立大学工学部土木工学科卒業。大正13年関東大震災復興のため内務省復興局技師に任ぜられる。隅田川に架かる永代橋、清州橋などの架橋工事に携わり、アメリカ人技師の指導により空気潜函技術を習得。初めて日本人技術者だけの手による空気潜函工法で萬代橋を架橋。以後、この工法で隅田川の吾妻橋、新淀川の十三橋などの大きな道路橋を手がけた。

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