平成18年 9月12日 発行
国土交通省 北陸地方整備局
松本砂防事務所焼岳監督官
TEL(0263)95-2014
  松本砂防事務所では、毎年この時期に、土木技術を学ぶ大学生や、高専の学生を、実習生として受け入れています。
 平成18年8月30日。
 今年は、日本大学の学生が、実習生としてやってきました。
 昨年は3名だったのに、今年は1名で、少々寂しい感じですが、地元松本市の方で、「砂防に関心がある」という、松本砂防事務所としてはとても頼もしい実習生です。
 午前中は、梓川出張所の管内の現場を見て、午後から、上高地に入り、焼岳監督官詰所内の現場を見ました。
上々堀沢のリングネット砂防堰堤と底面スット堰堤を見学しました。
@リングネット砂防堰堤
 普通の砂防堰堤は、コンクリート(左下)で堰を作って土砂を止めたり、鋼鉄で巨大なジャングルジムのような格子(右下)を作って、土砂を止めます。


釜ヶ渕砂防えん堤

波田黒川第2号砂防えん堤
 リングネット砂防堰堤は、コンクリートの堰や鋼鉄の格子の代わりに、ワイヤーで網を張って土砂を止めま
す。コンクリートや鋼鉄に比べると頼りない感じですが、しっかり土砂を止めています。

 
 リングネット砂防堰堤は、コンクリートや鋼鉄の堰堤に比べて安く作ることができるというメリットがあります。
 また、堰堤が土砂でいっぱいになったときは、網をしたからめくりあげて土砂を取り除くことができます。
そのため、作った後のメンテナンスも楽になるわけです。
 しかし、リングネット砂防堰堤自体はまだ設置されている数が少なく、歴史も浅いので、土石流を何回くらい
止めたら交換すべきなのか、何回くらいまでは大丈夫なのかという耐久性など、わかっていないことがたくさん
あります。
 今のところは、試験的に設置している段階です。
A底面スクリーン堰堤
 土石流というのは、水と土砂が一緒になり、時速60`もの速度で沢を下っていくものです。では、土石流か
ら水を取り除くことができたらどうなるでしょう?
 土石流から水を取り除くことができれば、勢いがなくなり、うまくすると土石流を止めることができます。
そこで、鋼鉄で巨大な簀の子のようなものを作り、水と土砂を分離してしまおうというのが底面スクリーン堰堤
です。
 
 なお、砂防堰堤は「土砂を完全に止めるもの」と誤解されているみたいですが、そうではありません。コンク
リートの砂防堰堤でも、格子の砂防堰堤でも、リングネットやスクリーンの砂防堰堤でも、土砂を完全に止め
るわけではありません。土砂というのは、水と同じで、自然に下に移動するものなのです。その自然の営み
を完全に止めてしまうと、砂防堰堤より下流に土砂が行かなくなって、砂が来なくなって海岸がなくなってしま
うというような、いろいろな不都合が起こってしまいます。ですから、砂防堰堤は完全に土砂を止めるもので
はありません。土石流も一部は下流に流れていきます。
 平成18年7月豪雨では、川の様子を見に行って土石流に巻き込まれたという悲しい出来事もありました。
降雨時には川に近づかないようお願いします。
 なお、リングネット砂防堰堤と、底面スクリーン堰堤が実際に土石流を止めている映像は、松本砂防事務
所のホームページでごらんいただくことが出来ます。トップページ右下の「管内土石流発生画像」の「焼岳監
督官詰所管内」をクリックし、「リングネット砂防堰堤」をクリックしてください。

土石流は1回では終わらない
〜京都大学の諏訪先生の講義から〜
 松本砂防事務所では、京都大学と委託契約をして、焼岳の土石流の観測を行っています。
 現場では、以下のような機材を用いて土石流の観測を行っています。

 実習生が訪れたこの日、焼岳の土石流観測をしている京都大学の諏訪先生から土石流観測の成果と
今後の課題について、およそ1時間ほど講義をして頂きました。
 焼岳の四堀沢から流れ出す土砂は年間2〜3万m3くらいですが、1962年の噴火と同じくらいの噴火
によって火山灰などの堆積物がつもると、10倍くらいの量になるそうです。
 これまでの研究によってわかった土石流の基本的な性質は、

 @速度は土石流が生じてから巨大な流れになるまでの間で時速60qくらい、谷を抜けて、速度を減じ、
広がるところ(扇状地)のあたりで時速15qくらい。

 時速60qは秒速に直すと、約16mくらいですから、100bの世界記録保持者より遙かに速いので、
人間が走って逃げることは出来ません。

  A土石流の厚みは3〜4bくらい。
  A焼岳の土石流は流れてくる土砂と岩の直径が比較的大きく、流れは比較的モタモタした感じの流れ
である。
  C土石流の先端の方に直径の大きな岩が集まる。
  D土石流は一回きりで終わりではなく、波のように繰り返しやってくる。

 このDの「波のような繰り返し」を「土石流サージ」と呼んでいるそうです。焼岳の土石流では約1分間隔
で、7回くらいの土石流サージが観測されたケースがあるそうです。土石流サージが生じるメカニズムに
ついてはまだよくわかっていません。
 @からCまでは砂防に携わるものならだいたい知っているのですが、Dの土石流サージは、私たち現場
で土石流対策にあたる者にとって、貴重なお話でした。
 土石流サージは、2次災害の引き金になります。
 くどいようですが、大雨の際には川には近づかないよう、お願いします。一度土石流が過ぎ去ったからと
いって安心は出来ないのです。
 今後の観測の課題としては、土石流が谷間を抜け、傾斜の緩い広いところにでて、速度を減じて広がり
堆積する場所(扇状地)における土石流の動きの解明だそうです。この解明が進めば、集落内でどのように
して土砂が移動し家を飲み込むのかといったことの解明につながることが期待されます。

 実習生は、今後、これらの成果をレポートにして提出するそうです。
 実際の砂防の現場を見たことと、この実習で学んだことが、今後の勉強の助けになって、人間の生活と
自然とを守る土木技術者として、社会に巣立っていって欲しいものです。