金沢河川国道事務所

甚之助谷地すべり対策

 甚之助谷は手取川上流柳谷の上流部に位置する流域面積0.7平方キロメートルの荒廃小渓流である。地すべりは標高1400〜2000メートルの区域で発生しており、全国的に極めてまれな高山地域にある。
 甚之助谷は白山砂防発祥の地であるが、石川県により施工された甚之助谷第5号砂防堰堤完成直後から地すべりの兆候が見られたため、昭和2年度から移動量測定を開始した。当初は堰堤左岸袖部の亀裂程度であったが、やがて取付岩盤との間に食い違いを生じ、下流に向かって移動を始めた。(昭和2年〜昭和35年の間に10.5メートル移動)この砂防堰堤は甚之助谷砂防堰堤群の基幹堰堤であり、これが倒壊すると、大量の土砂が下流へ流下し、大災害となる懸念がある。このため、昭和30年頃から石川県が本格的な調査を開始した。
 調査は、昭和32年度より国直轄となり堰堤の倒壊を未然防止する防災対策の検討と、地すべりの機構解明を目的に集中的に実施した。地すべり対策事業は、昭和37年度から実施され、「排水ボーリング工」に着手した。新甚之助谷第5号砂防堰堤も昭和37年度に着工し、昭和40年度に完成した。地すべり防止工事は地すべり土塊と基岩の間にある被圧地下水を排除するもので、当初は「排水ボーリング工」のみを実施したが、ストレーナーの目づまりによって排水効果が低下したため、昭和43年度から「排水トンネル」と「排水ボーリング」を組み合わせる工法に変更した。これらの工事の進捗に伴い、地すべりに落ちつきが見られるようになってきたので、昭和47年に対策事業を既成とした。
 ところが昭和50年頃より計器の顕著な作動、新甚之助谷第5号砂防堰堤の袖部の開き、柳谷第3号堰堤の破壊等から見て、地すべりの再活動の疑いが濃くなってきた。昭和54年から調査を開始し、さらに昭和56年より「排水トンネル工」を主体に対策工事を再開し、平成7年から平成16年まで「集水井」を行い、平成20年からは「万才谷排水トンネル工」を実施しています。現在も年間10センチメートル程度の移動が続いています。
 

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甚之助谷地すべり対策の概念図
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排水トンネル工 内径 2.1メートル
延長 900.3メートル
横ボーリング 延長 4,089メートル
集水ボーリング 延長 10,002メートル
排水ボーリング 延長 243メートル
第1号集水井 内径 3.5メートル
深さ 36メートル
集水ボーリング 2650メートル
第2号集水井 内径 3.5メートル
深さ 45メートル
集水ボーリング 2250メートル
第3号集水井 内径 3.5メートル
深さ 44メートル
集水ボーリング 1480メートル
地すべり防止工法には、大きく抑制工(地すべり土塊の移動原因を事前に排除する)と抑止工(地すべり土塊の移動を直接的に止める)に分けられる。
甚之助谷地すべりは、規模が大きく、構造物による抑止工を採用することは困難である。
地すべり移動の主要な原因が、融雪による大量の地下水供給と考えられているため、排水トンネル、集水井、集水ボーリングといった、地下水を排除する工法によって、移動の抑制を図ってきた。
集水井に集めた水は、排水ボーリング孔を通して、直接地表に排出するか、また、集水井の下部の排水トンネルを通して排出する。  

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万才谷排水トンネル
  トンネル延長 387m
  トンネル内径 半径1.0m
  万才谷取水堰 高さ6.9m、幅24.5m、長さ16.7m
  万才谷縦坑 高さ27m
  赤谷減勢工 長さ9.5m
  索道設置 長さ約1.0km、支柱2本、停留所2ヶ所
  モノレール 一式